社会理論学会月例研究会

 

2018年度

 

121回月例研究会

日時:2019119日(土) 14:00〜17:00

場所:専修大学神田校舎2号館209号室

【会場案内】

専修大学神田校舎
〒101-8425 東京都千代田区神田神保町3-8
・専修大学は催し物に関する質問にはお答えできませんので、会場への電話問い合わせはご遠慮ください。
・会場は駐車場がありませんので、自動車での来場はご遠慮ください。
案内図:https://www.senshu-u.ac.jp/access.html


【第121回月例研究会】


タイトル:生政治における〈法外的なもの〉
      

報告概要:

 2016年7月26日未明、神奈川県相模原市にある知的障害者施設「津久井やま
ゆり園」で入所者など46人が次々に刃物で刺され、多数の死傷者が出るという
大変痛ましい事件が起こった。戦後最悪ともいわれるこの事件は、今日におい
て様々な波紋を投げかけている。
 その一つに犠牲者の氏名は公表されなかったことがある。通常、警察発表の
段階で安否情報も含め、犠牲者の氏名は公表される。公表された氏名を実名に
するか匿名にするかについては、遺族の意向を踏まえ報道機関が判断する。
 だが、今回の事件では、警察発表それ自体が「匿名発表」である。すなわち、
犠牲者たちは、主権者によって法権利を奪われた存在なのだ。法治国家から法
権利を擁護されているように見え、法的政治的には、宙吊りにされているので
ある。法の外に追いやられ、法の効力の及ばない境界を設け、排除されたもの
をそこに合法的に置く。それが警察による「匿名発表」であった。すなわち、
法権利のなかで法権利から置き去りにされているのである。本報告では、相模
原事件を「生政治」の問題として捉える視座を導入して考察する。
「生政治」とは、元々は、ミッシェル・フーコーが『知への意志』(1976年)
において定式化した概念である。フーコーによれば、古代ローマの家父長権は、
奴隷と並んで子供に対しても家父長たる父親=主人の「生殺与奪権」を含んで
いた。「生殺与奪権」が、権力としてではなく権利として現れたのは、君主の
特権を正当化するためであったのだ。近代になって「生殺与奪」の権利を独占
した「殺す権力」に「生かす権力」が加わった。「生権力」と命名された「生
かす権力」の一つが「身体の解剖政治学」であり、もう一つが「人口の生政治
学」である。
 すなわち、「生政治」とは、生命を経営・管理し、生命に対して管理統制と
全体的な調整とを及ぼそうと企てる権力である。「生きるに値する生」と「生
きるに値しない生」の選別こそが、「生権力」の核心の問題なのだ。
 ジョルジョ・アガンベンは、フーコーの権力論を深化させ、「排除的包摂」
という「主権の締め出し」の構造によって産出された〈法外的なもの〉をロー
マの古法に出現する呼称になぞらえて「ホモ・サケル」(聖なる人間)と名づ
けた。ホモ・サケルとは、世俗の法秩序の外にあるために、法律上、殺人罪に
問われることなく殺害することができ、しかも、聖なる存在として神と同類で
あると見做されるために祭儀上の手続きを踏んで神に犠牲として供することも
できなかった。すなわち、「殺害可能で犠牲化不可能な生」だというのである。
 今後、裁判員裁判が予想されるが、「法外性」・「匿名性」という、いわば
「例外状態」において法権利を停止し、法律が宙吊りになった状態のもとで、
異例の「匿名裁判」が行われようとしている。匿名化された生は、政治的な重
要性を失い、「たんなる生」に反転してしまう。匿名化された生はこれを抹消
しても罰せられることもない。重要なことは、主権者がホモ・サケルを産出し
ているということだ。津久井やまゆり園の犠牲者たちは、まさに「殺害可能で
犠牲化不可能な生」にされてしまっているのである。今回の事件は結果的には、
こうした法的政治的なあり方の盲点を突いたものとなったといえる。

【参考】「障害者を法外に置くな」(共同通信配信):https://www.47news.jp/2706248.html

報告者:西角純志(専修大学)

会場費:なし

理事の方は理事会のために13:10に会場に集合してください。(参加者は事前に昼食を済ませておいてください。)

  

120回月例研究会

日時:2018113日(土) 14:00〜17:00

場所:渋谷区笹塚区民会館4階和室

【会場案内】

渋谷区笹塚区民会館
〒151-0073 東京都渋谷区笹塚 3-1-9
・区民会館は催し物に関する質問にはお答えできませんので、会場への電話問い合わせはご遠慮ください。
・会場は駐車場がありませんので、自動車での来場はご遠慮ください。
案内図:https://www.city.shibuya.tokyo.jp/shisetsu/chiiki/kumin_kaikan/km_sasazuka.html


【第120回月例研究会】


タイトル:現代社会学におけるルーマン理論の哲学的意義(仮)
      

報告概要:

 本発表ではルーマンが彼の理論をどのような立場から構築へと向かったのか、
そして、どのように構築していたのかをできる限り彼の言説に寄り添いながら
明らかにし、そのことを通して、現代社会学における理論的陥穽への一つの道
筋を示したいと思う。
 そもそもルーマンはどのような立場から自らの理論を構築したのか。その点
を、初期に行われたハーバーマスとの歴史学をめぐる論争から後期におけるフ
ーコーの方法論に対する言及などを参考に明らかにしたいと考えている。そこ
で示されるルーマンの立場は、現実分析にはその前提となる理論的枠組みが必
ず必要であり、またその理論は常に時代拘束的であるという立場である。こう
した立場がいかに正当化されるのか、超越論的哲学と分析哲学の間で行われた
論争などとの比較を通して明らかにし、ルーマンの立場の哲学的な独自性を明
確にしたい。
 時代拘束的な理論といったとき重要なのは、前の時代との違いを明らかにす
ることで自らの独自性を示そうとする近代的な考え方や、自ら生きている時代
を批判する形で示されるポストモダンな思想とは異なり、いかにして自らが生
きる近代社会の‘中で’近代社会を対象化できるか、というルーマンの考えで
ある。このような立場から、認識論と存在論のこれまでの対立を架橋するラデ
ィカル構成主義という考えにもつながっていく。この立場の独自性を、構築主
義論争などの文脈から明らかにする。
 ただこうした考えから、ルーマンは、これまでの科学論や哲学言説を全否定
しようとしたわけではない。彼はカントの『純粋理性批判』における「科学は
いかにして可能か」という問いを重要視していたし、近代社会に生きながら近
代的思考を超えようとしていたハイデガーの議論にも注目していた。
 ただルーマンが行おうとしたのは、それらの言説と出発点をともにしながら、
これまで科学を正当化してきた科学論を批判し、現代の、当時最新の論理学や
科学論の知識をもとに体系的な理論を構築しなおすことで、科学を改めて正当
化しようとしていたということだ。
 そしてそこで形成されたのがシステム理論であったということである。その
ような哲学的背景から示されるシステム理論は、一部の制度論者が提示してい
る哲学的議論なしにマクロ的な社会概念を‘虚構’と規定するような理論とは
一線を画しているし、またルーマン自身が否定するような科学システムを科学
者同士のコミュニケーションに還元しようとする理論とも異なる。
 もちろん最新の論理学や科学論の知識に多く言及しているからと言って、何
でもかんでも取り入れたわけではなかった。彼は自らの理論を体系化するにあ
たり、フッサールの示した現象学的方法論を基本としていた。そして、‘その
方法をもとに’新しい論理学や科学論の知見を体系的にまとめ上げたのである。
 ただ注意してもらいたいのは、フッサールの論理とルーマンの論理の類似点
を数え上げることで、単にフッサールの『イデーン』における自我論の論理を
そのまま社会へとあてはめたということを示したいのではないということだ。
そもそも自我論という点から見れば、ルーマンは『イデーン』における自我論
ではなく、フッサール自身が明確に否定した『論理学研究』の自我論を支持し
ている。
 ここで検討したいのは、フッサールの方法論を採用し改めて科学を正当化し
ようとする中で、必然的にそのような論理が社会理論へと発展していく論理の
展開過程の妥当性であり、それにより既存の現象学的な言説とどのような違い
が生まれたのかということである。たとえばルーマンは現象学的方法を採用す
るとは言っても、相互主観性や生活世界といった概念を明確に否定している。
こうした点を検討することで、現象学的な方法を基に形成された科学理論であ
ることから、生活世界概念や社会的紐帯の存在によりルーマン理論を批判、修
正しようとする既存の研究や、フッサール晩年の現象学的態度を倫理的に捉え
る研究に対する反論を示すことになろう。こうした反論から、既存の、第二階
の観察を研究者の倫理として呈示しようとする研究への反論へもつなげる予定
である。
 ちなみにこれまでのルーマンのシステム概念への批判は、近代社会における
法や政治、経済といった領域の権力性から行われることが多かったが、それら
の批判で前提にされている近代社会の分析は、ルーマンが行ったものとは異な
る。こうした点の検討も含めて、既存研究の再検討を行い、ルーマン理論への
批判に反論する予定である。
 これらの作業を通して、これまであまり明確になっていなかったルーマン理
論の独自性を示すとともに、現代社会学における哲学的意義を示したいと考え
ている。

報告者:福永晋一朗(早稲田大学大学院)

会場費:なし

理事の方は会場設営のために13:00に会場に集合してください。(参加者は事前に昼食を済ませておいてください。)

  

119回月例研究会

日時:2018721日(土) 14:00〜17:00

場所:渋谷区笹塚区民会館4階和室

【会場案内】

渋谷区笹塚区民会館
〒151-0073 東京都渋谷区笹塚 3-1-9
・区民会館は催し物に関する質問にはお答えできませんので、会場への電話問い合わせはご遠慮ください。
・会場は駐車場がありませんので、自動車での来場はご遠慮ください。
案内図:https://www.city.shibuya.tokyo.jp/est/kmkaikan/km_sasazuka.html


【第119回月例研究会】


タイトル:中西五洲について(仮)
      

報告概要:

中西五洲…1922〜2013。
労働運動家。戦後、日雇い労働者の組織化を進め、
1953年に全日本自由労働組合(全日自労)を結成し、
58年に委員長に就任。

報告者:山本大(トロツキー研究所)

会場費:なし

理事の方は会場設営のために13:00に会場に集合してください。(参加者は事前に昼食を済ませておいてください。)

  

 

社会理論学会研究奨励賞贈呈式

 

9回(2017年度)社会理論学会研究奨励賞贈呈式

日時:201848日(日) 14:30〜17:00

場所:渋谷区笹塚区民会館3階会議室2号

【会場案内】

渋谷区笹塚区民会館
〒151-0073 東京都渋谷区笹塚 3-1-9
・区民会館は催し物に関する質問にはお答えできませんので、会場への電話問い合わせはご遠慮ください。
・会場は駐車場がありませんので、自動車での来場はご遠慮ください。
案内図:https://www.city.shibuya.tokyo.jp/est/kmkaikan/km_sasazuka.html


【第9回(2017年度)社会理論学会研究奨励賞贈呈式と受賞記念講演】
 
受賞者:米村健司(早稲田大学)

   受賞対象作品
   『田辺元と廣松渉 -混濁した視差と揮発する痛覚のなかで-』2015.11
   『アイヌ・言葉・生命 -西田幾多郎と廣松渉の地平から-』2014.1
   『丸山眞男と廣松渉 -思想史における「事的世界観」の展開-』2011.12

    14時30分〜15時ごろ 学会賞の授与と記念講演
    15時ごろ〜17時 質疑応答
    17時以降 懇親会

会場費:なし

13時30分より編集委員会・理事会があります。(参加者は事前に昼食を済ませておいてください。)

  

 

2017年度

 

118回月例研究会

日時:2017107日(土) 14:00〜17:00

場所:渋谷区笹塚区民会館4階和室

【会場案内】

渋谷区笹塚区民会館
〒151-0073 東京都渋谷区笹塚 3-1-9
・区民会館は催し物に関する質問にはお答えできませんので、会場への電話問い合わせはご遠慮ください。
・会場は駐車場がありませんので、自動車での来場はご遠慮ください。
案内図:https://www.city.shibuya.tokyo.jp/est/kmkaikan/km_sasazuka.html


【第118回月例研究会】


タイトル:福島からの避難とチェルノブイリ法の避難の権利に学ぶ避難計画
   ─ 原発事故、避難の教訓、チェルノブイリ法と統合的な避難計画 ─
      

報告概要:

〇震災・原発災害後の社会問題  東日本大震災による原発災害後の社会には、新潟県の柏崎刈羽原発についての原発再稼働問題、
全国の原発や使用済み燃料処理工場などの原子力システムに共通する避難計画の破綻問題、
全国の自主避難者への住宅支援打ち切り問題・自主避難者切りすて/避難の事実の抹消問題、
避難時の緊急基準の20mSV/年未満の地域の避難指示解除と「帰還」復興政策の「棄民」政策化の問題、
などなど多くの未解決問題や課題がある。
以下では、諸問題を確認して諸課題を把握し、その検討から「総合的な避難計画」の構成の方向を把握する。
そうした「総合的な避難計画」に基づき、復興政策の全面的方向転換が必要である。

〇原発再稼働問題
原発再稼働の条件として、また原子力システムのリスク対応としても、避難計画が必要不可欠である。
現行の避難計画は、複合災害を想定していないなど、現在の原子力システムのリスクに対応しているとは言えない。
実効性のある避難計画を策定するためには、官製避難計画の破綻を検証し、福島からの避難の経験を教訓とし、
住民、自治体、および、事業者間の信頼関係を構築しての、実効的な事前と短期の避難計画の策定が必要である。
新潟県の対応を検討のケースとして、再稼働問題を把握する。

〇住宅支援打ち切り:自主避難者切り捨て問題
福島県は2017年3月末に「みなし仮設」の借り上げ住宅の無償提供を、実質的に打ち切った。しかし、これは、
多くの自主避難者から避難の生活の「命綱である住宅を取り上げる」「棄民政策」、自主避難者切り捨てである(日野行介、2016年)。
今後、避難者、特に自主避難者の生存権を保障する仕組みを作るよう政策転換をし、それを含む中期避難計画を確定する必要がある。

〇20mSV/年未満の高線量地域の避難指示解除と復興・帰還促進政策の問題
政府・復興庁は被災地復興のため、原子力災害緊急事態宣言下で避難時の緊急生活基準にあたる20mSV/年未満の被曝線量を基準とし、
2013年以降それ以下の線量の福島県内地域の避難指示を解除し、福島県や原発周辺自治体と共に「帰還促進政策」を行ってきた。
こうした危険な高線量地域への「棄民的」復興「帰還」政策は、チェルノブイリ法制度から学ぶ長期避難計画に基づき転換されなければならない。

〇政策転換の方向性
このような、原発再稼働政策、自主避難者切り捨て、チェルノブイリの避難地域にあたる、土壌のベクレル値の高い高線量地への
「棄民的」復興「帰還」政策は、市民の意見を尊重して民主的に、福島の被災者の生活の権利を保障し社会の持続可能性を実現する
再建政策に転換されなければならない。そうした再建策は、原子力システムのリスクに対応する避難計画である、事前と短期、中期、
長期の避難計画を整合的に統合した社会的避難計画を基準とするものである。


◎震災・原発災害後の社会問題

 東日本大震災による原発災害後の社会には、原発再稼働問題・避難計画の破綻問題・自主避難者への住宅支援打ち切り問題・
避難時の緊急基準の20mSV/年未満の地域の避難指示解除と「棄民的」「帰還」復興政策など多くの未解決問題や課題がある。
諸課題の検討から構成される長期的総合的な避難計画に基づき、復興政策の全面的方向転換が必要である。
そうしたまっとうな避難計画は、原発、使用済み核燃料処理システムなどの原子力システムの存在から整備せざるを得ないものなのである。
日本には現在、使用済み核燃料が1.6万トンあり、地震で破壊され・損傷した原子炉が10基以上もあり、プルトニウムの民間保有のために、
破綻して循環しない形式的核燃料サイクルがあり、恒常的に原子力リスクにさられている状態である。こうした原子力システムの廃棄と
そこからの離脱に向けて、まず対応すべきことは、現状の原子力・被曝リスクに対する、事前の・短期・中期・長期の一貫した避難計画体制の検討と整備である。
中期的には現在避難されている方の命と生活を守る制度を構築し、長期避難の制度として、<年間追加被ばくを1mSV/y以内に制限する>という理念のチェルノブイリ法体制に学び、
現在のそして将来の避難者の避難・移住・帰還の権利を保障する法律と制度・体制の構築が必要である。
 3.11東日本大震災がもたらした福島第1原発事故災害により、膨大な被害状況・被災者が出て、広大な地域が放射性物質に汚染され、多数の避難者がでている。
再建に数百兆円を要するとされる、大災害である。政府による、巨額の復興費用の追加税制による強制的税収と、無駄な事業へのばら撒き、強制的帰還誘導・棄民政策を見て、次のように考えざるをえない。

・日本で原発事故被害者・避難者を根本的に救える方法はどういうものか?
・有効な避難計画はどのようなもので、その位置づけはどういうものか?
・日本ではなぜ、原因の原発再稼働の動きを止められないのか?
・日本で原子力システムを廃棄し、自立分散の再生エネルギーシステムによる持続可能なオルタナティブな社会に移行するにはどうしたらよいか?

 これらの問題を、実際の問題や避難計画の破綻、不十分性や実効性のなさの検証から検討してゆく。

報告者:佐藤公俊(長岡高専)

会場費:なし

13:10より編集委員会・理事会があります。(参加者は事前に昼食を済ませておいてください。)

  

117回月例研究会

日時:2017722日(土) 14:00〜17:00

場所:渋谷区笹塚区民会館4階和室

【会場案内】

渋谷区笹塚区民会館
〒151-0073 東京都渋谷区笹塚 3-1-9
・区民会館は催し物に関する質問にはお答えできませんので、会場への電話問い合わせはご遠慮ください。
・会場は駐車場がありませんので、自動車での来場はご遠慮ください。
案内図:https://www.city.shibuya.tokyo.jp/est/kmkaikan/km_sasazuka.html


【第117回月例研究会】

報告者:高橋一行(明治大学)

タイトル:カントの魂論

  報告概要:2017年4月から9月までの予定で、ケンブリッジ大学に出掛けてい
      る。7月22日に一時帰国し、その研究成果の中間発表を行いたい。
       カントの魂論を扱う。魂論としてまず「魂の器官」(1796)を読解す
      る。この論文から菊地健三は、2015年の著作において、魂の原理とし
      て動力学という概念を抽出し、かつそれが、カントの主要著作のすべ
      てを支配する原理であるとしている。それを受けて私は、その淵源を
      辿ると、ライプニッツのコナトゥスに行き、さらにホッブズに行き着
      いた。ホッブズとカントと直接の繋がりはないが、機械論を徹底し
      て、その先に目的論を宿すという点で両者の手法は似ている。これを
      第I部で論じる。
       具体的には、
      1.古代、中世からあったコナトゥス概念を、デカルト、ホッブズ、ス
       ピノザが展開したこと。
      2.ホッブズの、その自然哲学だけでなく社会契約論においても、コナ
       トゥス概念は根本であること。
      3.ホッブズのコナトゥスを若きライプニッツが受容し、のちに動力学
       概念へと展開したこと。
      4.前批判期のカントに、この動力学概念が大きな影響を与えているこ
       と。
      5.前批判期のみならず、カントの生涯にわたって、その主要著作に、
       この動力学概念が根本としてあること、以上である。
       上記1-4のそれぞれについては、多くの先行研究が存在するが、
      1-4を通して論じるものは見当たらない。また5については、私の知
      る限り、菊池健三のみが主張している。本発表Iは、その菊池の主張
      が正しいことを確認するためのものである。
       第II部では、まず「脳病試論」(1764)を取り挙げる。1750年代に
      カントがヒュームによって、独断のまどろみを覚醒させられたことは
      良く知られているが、実は、そののちの1760年代に、ルソーによっ
      て、もっと本格的にカントはその思想を脅かされている。そのことが
      この短い論文によく表れている。しかしこの論文は体系的に書かれた
      ものではないし、のちの『人間学』で同じテーマが扱われるが、議論
      は矛盾、または錯綜している。菊池健三の2005年の著書には、カント
      には、哲学者の視線と観察者の視点があるという指摘がある。
       後者は、『美と崇高』や『人間学』、「自然地理学」に見られる。
      「脳病試論」をここに入れても良い。
       前者は第一、第二批判とそれに対応する形而上学の著作に現れてい
      る。さてこのふたつの視点が、第三批判の美感論と目的論で調停され
      る。菊池の著作は坂部恵の示唆の下で書かれ、その問題意識を具体的
      に記述したものだ。坂部は、観察の視点で行われた「人間学講義」が
      第三批判の前半、美感論に繋がり、「自然地理学」が後半の目的論の
      議論に繋がると指摘している。
       菊池はそれを受けて、性差の問題を取り挙げる。若きカントが、美
      は女性の、崇高は男性の特性であるとしたものが、後期の著作におい
      て、女性の特質が、夫婦の特質つまり、夫婦ふたりでひとりの人格を
      持つことが主張され、さらに第三批判では、市民社会において、その
      根本ルールを道徳に求め、その単位を夫婦に求めて、人類の行く末を
      見つめているとしている。私はこの指摘をヒントに、「脳病試論」と
      『人間学』の心の病が、これも観察者の視点で書かれたものだが、
      最終的には、これも第三批判の目的論の水準で議論すべきであるとい
      うことを確認したい。それが第II部の仕事である。
       すると、まずヒュームによって脅かされることによって、ライプニ
      ッツ流の形而上学から脱却したのではなく、却ってそれを深く自らの
      思想の究極的な支えとしたということと、ルソーからは、理性をはみ
      出すものに対しての視点を獲得し、そこからカントは人間の理性の限
      界の学という形而上学を確立しようとしたのだという坂部の結論、及
      び第三批判からさらに『オプス・ポストムム』において、動力学の概
      念がますます強く展開されているという、菊池の説とを確証すること
      ができる。
       補足的に、カントに主体の逸脱を見ようとするフーコーの「人間学
      論」についてコメントする。またもうひとつ、最近の英米では、第一
      批判の、魂は実体であるというカントの誤謬推理の指摘に基づいて、
      ではどのようにmind-bodyを考えるのかということで、embodiment
      という概念が提出されている。このことについても言及したい。
 

  

116回月例研究会

日時:2017617日(土) 14:00〜17:00

場所:渋谷区笹塚区民会館4階和室

【会場案内】

渋谷区笹塚区民会館
〒151-0073 東京都渋谷区笹塚 3-1-9
・区民会館は催し物に関する質問にはお答えできませんので、会場への電話問い合わせはご遠慮ください。
・会場は駐車場がありませんので、自動車での来場はご遠慮ください。
案内図:https://www.city.shibuya.tokyo.jp/est/kmkaikan/km_sasazuka.html


【第116回月例研究会】


タイトル:負の体系、その解放
      

報告概要:

日米戦争敗戦の原因『失敗の本質』(戸部良一・寺本義也・鎌田伸一・杉之尾孝夫・村井友秀・野中郁次郎・ダイヤモンド社1984年)と
丸山真男の『日本の思想』(岩波新書1961年)、そして最近各地で行う『人権に関する世論調査』(東京都生活文化局・平成26年)には、
意外にも、あるいは当然にも、共通な日本人像が浮かび上がる。その全体像を「負の体系」と呼び、歴史的背景をたどりながらその体系の
超克・解放の手掛かりを考える。

報告者:川元祥一(作家)

会場費:なし

13:10より編集委員会・理事会があります。(参加者は事前に昼食を済ませておいてください。)

  

 

2016年度

 

115回月例研究会

日時:201717日(土) 14:00〜17:00

場所:渋谷区笹塚区民会館4階和室

【会場案内】

渋谷区笹塚区民会館
〒151-0073 東京都渋谷区笹塚 3-1-9
・区民会館は催し物に関する質問にはお答えできませんので、会場への電話問い合わせはご遠慮ください。
・会場は駐車場がありませんので、自動車での来場はご遠慮ください。
案内図:https://www.city.shibuya.tokyo.jp/est/kmkaikan/km_sasazuka.html

【第115回月例研究会】

タイトル:
性犯罪被害者のイメージ(仮)
   ─ 最高裁判例をもとに
      

報告者:大和田未来(大妻女子大学)

会場費:なし

13:10より編集委員会・理事会があります。(参加者は事前に昼食を済ませておいてください。)

  

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114回月例研究会

日時:2016716日(土) 14:00〜17:00

場所:渋谷区笹塚区民会館2階会議室1号

【会場案内】

渋谷区笹塚区民会館
〒151-0073 東京都渋谷区笹塚 3-1-9
・区民会館は催し物に関する質問にはお答えできませんので、会場への電話問い合わせはご遠慮ください。
・会場は駐車場がありませんので、自動車での来場はご遠慮ください。
案内図:https://www.city.shibuya.tokyo.jp/est/kmkaikan/km_sasazuka.html

【第114回月例研究会】

タイトル:
若きビアトリス・ウエッブの社会経済学研究
  
      

報告概要:

◎報告目次
1、はじめに
2、背景
3、若きビアトリスの社会活動
4、若きビアトリスの社会経済学研究
5、「イギリス経済学の歴史」前半の学説研究
6、小括
7、スペンサーとの社会病理学「論争」

◎報告概要
報告の目的:社会調査家で社会改革家のビアトリス・ポッター・ウエッブ(1858
〜1943)の青年時代(ビアトリス・ポッター)の経済学説研究を確認・検討し、
彼女の社会経済学研究と福祉社会体制論に位置づけ、新しい経済学の原理的な観点
を探る。
本報告の対象:ビアトリス・ポッターの1886年から1887年の経済学説研究の社会
学的経済学と社会病理学の形成を対象とする。
焦点:特に、ビアトリスの社会学的経済学の原理的観点に焦点を当てる。
 
・ビアトリスの1886年-1887年執筆の論文草稿と「論争」
 1886年8月「イギリス経済学の歴史」
    10月スペンサーとの社会病理学「論争」
 1887年1月「マルクスの経済理論」
  ・ビアトリスは1886年の草稿「イギリス経済学の歴史」では、新たな経済学とし
て以下の三層の経済学を提案している.
1、 心理的現象レベルの経済学
2、 物質的現象レベルの経済学
3、 物質的かつ心理的現象の経済学
 
・1886年草稿では,スペンサーの自由放任主義を批判し、リカードの抽象的演繹
的経済学の前提を批判して、マーシャルの経済理論を援用し貨幣タームの分析を採
用している。後にビアトリスはシドニーとともにマーシャルのレント論・準地代論
による賃金規定を経済理論として評価する。 ・『私の修行時代』の付録の内容との対比
 1886年草稿と違い、1926年の『私の修行時代』の付録では,その後に展開した
主張である、生協と労組の結婚、協同組合国家論を強調している。また、マーシャ
ルとの関係の変化を反映してマーシャルの賃金法則を批判している。
 
・結論:ビアトリスの三層の経済学の1の「心理的現象レベルの経済学」は、1887
年草稿「マルクスの経済理論」で、マルクス価値論を批判して展開した、三層構成
の需給論的な価値理論となった.これは、形態的三層構造を有する商品価値論と商
品形態論を含意するものと評価できる。

報告者:佐藤公俊(長岡高専)

会場費:なし

13:10より編集委員会・理事会があります。(参加者は事前に昼食を済ませておいてください。)

  

113回月例研究会

日時:2016618日(土) 14:00〜17:00

場所:渋谷区笹塚区民会館2階会議室1号

【会場案内】

渋谷区笹塚区民会館
〒151-0073 東京都渋谷区笹塚 3-1-9
・区民会館は催し物に関する質問にはお答えできませんので、会場への電話問い合わせはご遠慮ください。
・会場は駐車場がありませんので、自動車での来場はご遠慮ください。
案内図:https://www.city.shibuya.tokyo.jp/est/kmkaikan/km_sasazuka.html

【第116回月例研究会】

タイトル:
負の体系、その解放
  ─ 削除論と新9条論を受けて ─
      

報告概要:

 昨年、安倍政権は、憲法学者の圧倒的多数が違憲とする安全保障関連法制を国会
で強行成立させたが、その一方で、国会審議と並行した「戦争法」反対の市民運動
は、60年安保闘争以来と言われる多数の市民、それも老若男女・職業階層を問わな
い非組織の市民が国会周辺を取り囲み、「戦争法反対!立憲主義回復!9条壊すな!
安倍政権退陣」の声を上げ、安保法制の廃止と立憲主義の回復を求める運動は今も
続いている。
 しかしながら、「9条を守れ」というスローガンは、実際には何を意味している
のだろうか。よく知られているように、いわゆる「護憲派」の中には、自衛隊・安
保は違憲だと考えるグループと、専守防衛の自衛隊と日米安保を容認するグループ
とが併存している(以下、前者を「原理主義的護憲派」、後者を「修正主義的護憲
派」と呼ぶことにする)。もちろんこれは、安倍政権の「解釈改憲(2014年7月1
日の閣議決定)→立法改憲(2015年9月19日成立、16年3月29日施行の安保法制)
→参院選後に安倍政権が目指す明文改憲」という3段階の壊憲策動に反対するため、
「小異を捨てて大同につく」という政治的考慮に基づくものである。しかし、自衛
隊・安保を容認(合憲判断)するか、違憲とみなすかというのは、果たして「小
異」と言えるだろうか。ジャーナリストの今井一は、原理主義的護憲派と修正主義
的護憲派とが互いの批判を控え、「条文の護持」という一点で協調してきたことが、
解釈改憲を黙認し、立憲主義を損なってきたと護憲派を批判し、解釈改憲に歯止め
をかけ、立憲主義を守るためには、専守防衛を認め、軍事同盟に縛りをかける明文
改憲が今こそ必要だと訴えている。このような、立憲主義を守る(回復させる)た
めにこそ、自衛隊や安保を憲法で位置づけ縛りをかける明文改憲が必要だとする立
場――かつては護憲的改憲論と呼ばれ、最近は新9条論と呼ばれる立場――を主張
する論者が近年急速に増えている。
 一方で、安全保障の基本戦略は憲法に書き込むべき事項ではなく、通常の民主的
な立法過程で絶えず討議され、批判的に再検討され続けるべきだとの立場から、9
条削除論を唱える主張も登場した。この立場は、9条削除と同時に、もし戦力を持
つ場合には、無責任な好戦感情抑止のために徴兵制を導入すること、良心的兵役拒
否権を認めること、文民統制・議会統制といった戦力統制規範を憲法に書き込むこ
とを主張している。この主唱者である井上達夫によれば、護憲派は、憲法を尊重す
るふりをしつつ、9条を裏切る自衛隊と日米安保の存在には目をつぶるか容認しさ
えし、自らその便益に便乗している点で、自民党改憲派よりも大きな政治的欺瞞、
憲法論的欺瞞の罪を犯していると、厳しく断罪される。
 本報告では、第一に、このような政治的には護憲派と近い立場にあると思われる
人々による護憲派批判をどう受け止めるのか、その妥当性について検討する。第二
に、護憲派、とりわけ原理主義的護憲派が歴史的に退潮してきた主原因が、理論闘
争においては、消極的で受け身の“専守防衛”をもっぱらとし、“大同団結”の美
名の下に、自らの主張を積極的に打ち出さず、修正主義的護憲派の主張に妥協して
きたところにあるとの認識に基づき、9条本来の意義を再確認し、その再生の可能
性を検討する。

報告者:稲田恭明(社会理論学会会員)

会場費:なし

13:30より2016年度総会が開かれます。理事の方は13:00にお集まりください。
  13:00〜13:30 会場設営
  13:30〜13:50 総会
  13:50〜14:00 休憩
  14:00〜17:00 第113回月例研究会

  

112回月例研究会

日時:2016423日(土) 14:00〜17:00

場所:渋谷区笹塚区民会館4階和室

【会場案内】

渋谷区笹塚区民会館
〒151-0073 東京都渋谷区笹塚 3-1-9
・区民会館は催し物に関する質問にはお答えできませんので、会場への電話問い合わせはご遠慮ください。
・会場は駐車場がありませんので、自動車での来場はご遠慮ください。
案内図:https://www.city.shibuya.tokyo.jp/est/kmkaikan/km_sasazuka.html

【第112回月例研究会】

タイトル:
『資本論』に帰れ:「生産価格」における「価値」表示
  ─ 「価値の生産価格への転化」とはどういうことか ─
      

報告概要:

〔はじめに〕
わたしの現在の主要研究テーマは、『資本論』を「マルクスに帰って」、物象化論
を視軸に読み解き直すということにある。さしあたっての焦点は、異種の諸具体的
有用労働が、資本制商品世界における諸商品の価値実体としての社会的単位労働た
る“抽象的人間労働”へと還元・換算されるのはいかにして可能か、その論理の討
究にある。
本日の発表は、この問題へのアプローチのための一つの手がかりとして、件の
“『資本論』における「第Ⅰ巻と第Ⅲ巻の矛盾」”を中心にして、『資本論』読み
解きのプロブレマティック(問題のありか・なりたち・構成etc.)を浮き彫りにす
ることにある。

[Ⅰ]問題のありか
(A)第Ⅰ巻(「労働価値説」)と第Ⅱ巻(「生産価格説」)との矛盾というの
は、以下のような問題構制において提示されたものである。すなわち、伝統的なあ
るいは正統的な解釈においては、マルクスも明言しているように(?)、『資本
論』のⅠ・Ⅱ巻で展開されている「価値法則」ないしは「労働価値説」は単純商品
世界において妥当する法則であって、Ⅲ巻で対象となる資本主義的商品世界におい
ては妥当しない。資本制商品社会において妥当するのは「生産価格法則」である。
これが、マルクス・エンゲルス・ヒルファーディング等の言説に依拠する「公式的
見解」である。
これは、驚くべき、というより衝撃的な事態である。われわれは何のためにⅠ巻
の「価値論」を読み、これをマルクスによる資本主義社会の分析の基礎理論として
受け入れてきたのか。
これまでの長期に渡る様々な議論・論争においてもこの問題の決着はついておら
ず、マルクス「価値論」のⅢ巻における有効性・妥当性の問題は、今日では論じら
れることは殆んどなく、あっても副次的な問題としてあいまいなまま扱われるか、
敬遠されているのが実情といってもよい。
今日のマルクス「労働価値説」・「価値論」の低迷・衰退は、一つはこの問題に
由来するものともいえる。

(B)マルクスの言説
・「こうしてわれわれは、すでに次のことを明らかにした。─すなわち[Ⅰ巻の
「価値論」では]異なる産業部門においては、諸資本の有機的構成の相違に対応
して、また前述の限界内では諸資本の回転時間の相違にも対応して、不等な利潤
率が支配するのであり、それゆえまた、同じ剰余価値率のもとでの同じ有機的構
成の諸資本にとってのみ─同じ回転時間を前提すれば─利潤は諸資本の大きさに
比例し、それゆえ同じ大きさの諸資本は同じ時間内には同じ大きさの利潤を生む、
という法則[Ⅰの「価値法則」]が(一般的傾向から見て)妥当すること、それで
ある。ここに展開されたのは、諸商品が価値どうりに売られるという、一般にこ
れまでわれわれの基盤であったもの[Ⅰの「価値法則」]にもとづいて言えること
である。他方[Ⅲの「生産価格法則」においては]、非本質的な、偶然的な、相殺
される諸区別を度外視すれば異なる産業部門にとっての平均利潤率の相違は、現
実には実存せず、また、この相違[利潤率が産業部門によって異なるということ]
は、資本主義的生産の全体制を廃棄することなしにはありえないであろうという
ことは、少しも疑う余地がない。したがって、[Ⅰの]価値理論はここでは現実の
運動と一致しえず、生産の実際の諸現象と一致しえないかのように見え、それゆ
え、一般にこれらの諸現象を把握することは断念しなければならないかのように
見える。」(Ⅲ:「第二篇 利潤の平均利潤への転化」、S.162.)
・「したがって、価値どうりの、または近似的な価値どうりの諸商品の交換は、
資本主義的発展の一定の高さを必要とする生産価格での交換に比べれば、それよ
りはるかに低い段階を必要とする。……/したがって、価値法則による価格およ
び価格運動の支配は別にしても、諸商品の価値を単に理論的にだけでなく歴史的
にも生産価格の“先行者”とみなすことはまったく適切である。」(同上篇、S.
186〜87.)
「右のこと[Ⅰの「価値法則」]は、生産諸手段が労働者のものである状態につい
て言えるのであり……」(同上)

(C)エンゲルスの言説
「ひとことでいえば、マルクスの価値法則は、おおよそその経済的諸法則が妥当
する限り、単純商品生産の全期間にわたって、したがって、資本主義的生産形態
の登場によって単純商品生産が変化をこうむるときまで、一般的に妥当する。そ
のときまで、価格は、マルクスの法則によって規定される価値のほうへ引き寄せ
られ、価値を中心に変動し、その結果、単純商品生産が十分に発展すればするほ
ど、それだけますます、外からの暴力的攪乱によって中断されない比較的長い期
間の平均価格が、価値との差が取るに足りない商品に転化される交換の最初から
一五世紀にいたるまでの期間にわたって、経済的一般的妥当性をもっている。
……したがって価値法則は、五〇〇〇年から七〇〇〇年の期間にわたって支配し
てきた。」[資本主義体制の現今下では違っている、ということ](Ⅲ.エンゲルス
「『資本論』第Ⅲ巻への補足と補遺」、S.909.)

(D)「バヴェルクVSヒルファーディング」論争
・いわゆる「価値論論争は、限界効用学派のBöhm-Bawerkのマルクス批判(Zum
Abschluss des Marxschen Systems,1896)とりわけ「第Ⅰ巻と第Ⅲ巻の矛盾」と
して提起した問題にはじまる。バヴェルクはいう。マルクスがⅢ巻でいうように、
生産価格が商品生産物の現実の価格の基準であるならば、それに先行してⅠで説
かれる生産物の等労働量交換を内容とする「価値法則」との不一致はどうなるの
か、「価値法則」にはどのような理論的・現実的妥当性があるのか、破綻してい
るではないかと。
・これに対してHilferdingは、1904年の著述(Böhm-Bawerks Marx-Kritik)のな
かで、先に掲げておいたエンゲルスの「第Ⅲ巻への補足・補遺」を承けて、“価
値法則は、資本主義に先立つ独立小商品生産者の生産物の交換に妥当し、資本主
義の発展にともない生産価格に転化する”という、いわゆる「歴史的・論理的展
開説」をもって反論。
→マルクス学派の正統的解釈へ
*各々の文献からの引用は略。
cf. スウィージー『論争・マルクス経済学』法政大学出版局、1969.(両者の論
文を含む)
 
(E)論争の展開─戦前・戦後の内外の「価値論論争」さらにはマルクスの総計一
致命題をめぐる「転形論論争」において様々に論じられてきたが、確固たる答は出
ていない。
*戦前・戦後の「価値論論争」および「転形論論争」の整理および文献等は略。

〔Ⅱ〕関連する諸問題(概要)

われわれが企図するものは「価値価格の生産価格への転化」の論理と「生産価格」
の表示する〈価値〉概念の弁証法的再措定の内実の解明である。それは同時に、
「生産価格」における異種の具体的有用労働(相互に通約不可能)の「価値の実体
としての社会的単位労働たる〈抽象的人間労働〉」への社会的還元の論理の究明が
軸となる。この作業によって、〈抽象的人間労働〉の特殊歴史社会的な存立の機制
と構制が明るみにもたらされるであろう。しかしながら、そのためには、これまで
不当に看過ないし軽視されてきた以下のいくつかの問題群の討究が、不可避の前提
作業として必要である。簡潔にそれを提示しておく。

(A)『資本論』における〈価値〉・〈抽象的人間労働〉をめぐる概念規定の齟齬。
自然的実体説─生理学的エネルギー支出説:理論的抽象化の産物、実体概念、超歴
史的カテゴリー
社会的実体説─一分子の自然的要素を含まない幽霊のような対象性説:社会的抽象
化の産物、関係概念、歴史的カテゴリー
    cf. マルクスは「生理的エネルギー説」を〈抽象的人間労働〉の規定におい
     てのみならず〈具体的有用労働〉の規定にも用いている。

(B)「商品等価交換」規定における齟齬。
等価値(等労働量)→交換的等値(等価交換)(等価値は等価交換の前提)
交換的等値(等価交換)→等価値(等労働量)を産出(等価値は等価交換の結果)
    *各々の文献からの引用は略。

(C)〈抽象的人間労働〉の産出・具現をめぐる運動過程の規定の齟齬。(Bの齟齬に関連)
生産過程説
交換・流通過程説(こちらの規定のほうが多い)
    *各々の文献からの引用は略。

(D)〈抽象的人間労働〉は諸種の具体的有用労働の外在化Entäußerungの産物
とはどういうことか(『批判』におけるフランクリン批判、『1861〜63ノート』
におけるスミス、リカード批判)
*各々の文献からの引用は略。
cf. 社会的必要具体的有用労働a(織布労働1時間)と同b(裁縫労働1時間)は
通約不可能、共約性はない。両者の還元・換算率は「1」とは限らない。
両者はいかにして還元・換算されるのか。
cf. 具体的有用労働時間は「自然的時間」、抽象的人間労働時間は「社会的時間」

(E)〈抽象的人間労働〉は、それ自体、不可視・計量不可能な社会的実体(社会
的抽象態)であって、その可視化・計量化は貨幣による価値表現をもってはじめて
可能になるとはどういうことか。マルクスのいう「労働と貨幣との内的関連」とは?
・「一般的労働時間[抽象的人間労働時間]そのものは一つの抽象であって、それは
そういうものとしては諸商品にとっては実在しないのである。」(『批判』)S.31.
・「価値の尺度としての労働時間[抽象的人間労働時間]は、ただideal(理念的・観
念的)に存在するだけなのだから、価格の比較のための材料としては役に立つこと
ができないのである。」(『要綱』)MEGA.Ⅱ-3-2, S.369.
・「なぜ貨幣は直接に[抽象的]労働時間そのものを代表しないのか、……なぜ私的
労働[具体的有用労働]は直接に社会的労働[抽象的人間労働]として、つまりその反
対物として取り扱われないのか……」(『資本論』Ⅰ.S.109.─マルクスのプルー
ドン流の、あるいはグレイの「労働貨幣」批判、「浅薄なユートピア主義」批判の
要点)、関連文献略
cf. 「価値と生産価格」という表現は「価値価格と生産価格」という表現に訂正すべし!
cf. 価値は価格でしか表現できない。両者は次元が異なる。

(F)マルクスの強調する「商品・価値・貨幣は物ではなく社会関係である」とは
どういうことなのか(各著述・ノート等に頻出、引用略)
cf. 関係概念としての諸カテゴリーにして、かつ全体概念としての諸カテゴリー

(G)マルクスにおける〈Sache〉と〈Ding〉(両者『資本論』でも多併用)の概念
規定上の差異をどうみたらよいか。今日では、それらは〈物象〉と〈物〉という訳
語が定着しつつあるようではあるが、それらはどう違うのか。
cf ①;〈物的実在性〉の規定をめぐるヒュポダイム・世界観上の地平の違い。
   (前回の発表を参照)
cf ②;〈Versachlichung〉(物象化)と〈Verdinglichung〉(物化)の違いと
その意味と意義。因みに、マルクスはこの二つの用語はごくまれにしか使っていな
い(『ドイデ』以降、前者16回、後者3回)。
『資本論』における〈Versachlichung〉は一回のみ
(Ⅰ.S.128. “Personifinierung der Sache und Versachlichug der Personen”)

報告者:日山紀彦(社会理論学会顧問)

会場費:なし

13:10より編集委員会・理事会があります。(参加者は事前に昼食を済ませておいてください。開始時間が変更になりましたので、ご注意ください。)

  

 

2015年度

 

8回社会理論学会研究奨励賞受賞記念講演および

111回月例研究会

日時:2016227日(土) 13:30〜17:00

場所:渋谷区笹塚区民会館4階会議室3号

【会場案内】

渋谷区笹塚区民会館
〒151-0073 東京都渋谷区笹塚 3-1-9
・区民会館は催し物に関する質問にはお答えできませんので、会場への電話問い合わせはご遠慮ください。
・会場は駐車場がありませんので、自動車での来場はご遠慮ください。
案内図:https://www.city.shibuya.tokyo.jp/est/kmkaikan/km_sasazuka.html

タイムスケジュール
    13:30〜14:00 第8回社会理論学会研究奨励賞受賞式および記念講演
     講演者:野尻英一(自治医科大学)「グローバリゼーションと構想力(仮題)」
    14:00〜14:10 休憩
    14:10〜17:00 第111回月例研究会

       【第111回月例研究会】

タイトル:
ルソーにおける“一般意志”(la volonté générale)と“政治体”(le Corps politique)
  ─ 社会契約説の転回 ─
      

報告概要:

Ⅰ.はじめに ─ いまなぜ“ルソー”か?
(1)「国民主権(人民主権)」と「立憲主義」との相互関連性或いは異同性
①「民主主義」に代わって「立憲主義」がキーワードとなっている状況
 「明治憲法ですら立憲主義であった」という言説、が説得性を持つという状況
②古い話だが、「民本主義」と「民主主義」の違いは《主権》の所在の違いであると、かつて教わった。
③「立憲主義」は《主権》の所在を問わないのか?「立憲主義」は政治体制の在り方とは別の次元の概念なのか?
 
(2)「国民主権(人民主権)」とは何か? そもそも《主権》とは何なのか?
① 《主権》とは、A一定の領域に及ぼす同一の統治権力、B国家意思の最終的な決定権、が国語辞書的な意味(例『広辞苑』)。しかし、これ以上の「法学的」定義があるか?
② 「国民主権(人民主権)」の場合の《主権》はBの意味。しかし、「国民」を単一のカテゴリーでとらえるとAの意味も付与される。この場合はむしろ「国家主権」に近い。ナチズムは「国民」を単一化した ─ “Ausgleich"。
③ 「国民主権(人民主権)」論は、国家意思の最終的な決定権が「国民(人民)」に所属するという教説。すると「国民(人民)」とは何か?「国民(人民)」の意思はどこに表示されるかという、お定まりの難問が生じる。
 ここから《代表》(representative)論 
      → そもそも「代表する(represent)」とは何なのか、それは可能なのか?
  周知のようにルソーは「国民(人民)」の意思は《代表》されない、と説いた。
④「国民(人民)」  Volk, people, peuple, nation,
  『社会契約論』において、ルソーはpeupleという語をあまり使用せず。
  集団としての全体を指す場合は  Corps 、peupleも
  個別の人間を指す場合は   全体では multitude    個別では  particulier
 
(3)「国民主権(人民主権)」原理は「基本的人権」の根拠たり得るのか?
① 「基本的人権」の有力な根拠は《自然権》である。それは、《主権》の原理とは無縁である、と考えるべきである。
 「国民主権」のもとで個々の国民は「主権者」なのだからその権利は尊重されるべきであるという俗説は、《主権》の原理からの説明とはなっておらず、「民本主義」と同レベルである。
② 日本国憲法では「基本的人権」は「享有」されるものと規定しているから、暗黙にではあれ、“天賦人権論”に拠っている。しかし、これは“暗黙に(tacitly)”である。
③「人は生まれながら自由にして、且つ至るところで鎖につながれている」の『社会契約論』の衝撃的な冒頭の文章は、以下にルソーの高らかな“天賦人権論”の展開を期待させるが、その期待はものの見事に裏切られる。
④ ルソーは《自然権》の根拠となっている既存の《自然法思想》を攻撃している。たしかに『社会契約論』の副題は「政治的権利の諸原理」となっているが(初稿=『ジュネーヴ草稿』では副題は「共和国の形態についての試論」)、これは「政治的権利」なのであって、《自然権》的権利ではない。
⑤ ルソーによる「政治的権利」とは、《社会契約》ののちに成立した国家(civitas, cité, république, État)の中での公民(citoiyen)の権利なのであり、場合によっては「一般意志」(la volonté générale)への絶対的服従(=自由のための強制)なのである。 ⑥ しかし、ルソーは前著『人間不平等起源論』において自然的人間の本源的な自由を説いている。このこととの整合性はどう説明されるべきか。多くのルソー研究家を悩ましてきた最大の難点である。
⑦ ルソー的には、「国民主権(人民主権)」原理は「政治的権利」の説明原理とはなるであろう。しかし、《自然権》としての「基本的人権」の説明原理とはならない、と考えるべきである。
⑧ ルソーについてさらに言及するならば、彼の言う「自由」は権利としての「自由」ではなく、《事実》としての「自由」であり、むしろホップズなどの拠ってたつ自己防衛本能に近いものであろうか。
⑨ 或いは、「自由」の大海のなかの島のような《自然権》としての「自由」のイメージであろうか。吉本隆明的には、「共同幻想」の及び得ない領域としての本源的な「自己幻想」の世界、か。
 
(4)「立憲主義」は何により担保されるか?
  ① 「立憲主義」的思考の諸類型
A.憲法は権力者を縛るためのものである。
B.法令は憲法に従うものでなければならない。
C.憲法は基本的人権を保障するためのものである。
D.最高法規としての憲法を頂点として法体系は安定していなければならない。(=法的安定性の確保)
E.権力者の行動は国民の意思(=法)に従うものでなければならない。(=法の支配)
② 大別すると
ア.社会契約説に基づくもの     ACE
イ.統治論的観点からのもの     BDE
③「立憲主義」の根拠としての《本源的権利》と《歴史的経験の集積》
 日本国憲法の「前文」の意味  人類の知的達成と歴史的経験の集積
④ 明治憲法における「立憲主義」の担保
  「告文」「勅語」「上諭」の位置付けとその意味
  「上諭」
「国家統治の大権は朕が之を祖宗に承けて之を子孫に伝ふる所なり。朕及び朕が子孫は将来この憲法の条章に従い、之を行ふことを愆(あやま)らざるへし。」 ※ 天皇に憲法遵守義務を課している     → 美濃部達吉の抵抗の根拠
 
(5)ルソーにまで立ち帰ってみると、何が見えてくるか

  以下、本論
Ⅱ.ルソー『社会契約論』に関する論戦    「ルソー問題」
(1)《individualistルソー》と《collectivistルソー》
(2)《individualistルソー》への保守派からの攻撃
(3)《collectivistルソー》へのリベラリストからの批判
(4)《collectivistルソー》の評価と継承
(5)《individualist=collectivistルソー》は有り得るか?

  Ⅲ.『社会契約論』の構成
(1)衝撃的な冒頭 「人は生まれながら自由にして、且つ至るところで鎖につながれている」はいかにして生まれたのか
(2)「政治制度論」と「政治的権利論」
(3)『ジュネーヴ草稿』から『社会契約論』へ

  Ⅳ.政治体論から社会契約論へ
(1)「政治体」と「一般意志」
(2)社会契約説導入の必然性

  Ⅴ.《社会契約》とは何か?
(1)社会契約le Contrat Socialの“Social”とは何か?
(2)le Contrat SocialはConventionとどう違うのか?
      ルソーの“Social"へのこだわり
(3)ascociationの萌芽

Ⅵ.「見果てぬ夢」とルソー

報告者:青木茂雄(元都立高校教員・全国教育法研究会)

会場費:なし

 

110

日時:2015117日(土) 14:00〜17:00

場所:渋谷区笹塚区民会館4階会議室3号

【会場案内】

渋谷区笹塚区民会館
〒151-0073 東京都渋谷区笹塚 3-1-9
・区民会館は催し物に関する質問にはお答えできませんので、会場への電話問い合わせはご遠慮ください。
・会場は駐車場がありませんので、自動車での来場はご遠慮ください。
案内図:https://www.city.shibuya.tokyo.jp/est/kmkaikan/km_sasazuka.html

タイトル:国威宣布の宸翰における「世界」像と日本像
  ―船中八策・大政奉還の上表などを踏まえて
      

報告概要:明治天皇が「五箇条の誓文」を新日本の国是として日本の神々に
    誓ったのと同じ慶応四年(一八六八)三月一四日、明治新政府は新
    日本の決意表明を、天皇が自ら書いた文書(宸(しん)翰(かん))の
    形式で発布した。
    いわゆる「国(こく)威(い)宣(せん)布(ぷ)の宸翰」(「国威宣(せん)
    揚(よう)の宸翰」・「億(おく)兆(ちょう)安(あん)撫(ぶ)の宸翰」)
    である。
    「五箇条の誓文」と「国威宣布の宸翰」という二つの宣言には、当時
    の日本人の「世界」像ならびに世界の中の日本像があらわれた。
    そこには、いかなる特徴がみえるのであろうか。この宸翰の書き出し
    「朕(われ)幼弱を以て猝(にわか)に大(たい)統(とう)を紹(つ)ぎ、
    爾(じ)来(らい)何を以て万国に対立(たいりゅう)し□列(れっ)祖(そ)に
    事(つか)へ奉らんやと朝(ちょう)夕(せき)恐(きょう)懼(く)に堪(たえ)
    ざる也」にある、「何を以て万国に対立し」の一節を軸にして、幕末
    維新期の指導者と知識人を中心に、日本人の「世界」像と日本像を探
    る。
    具体的には、慶応三年(一八六七)六月九日に長崎から京都へ向う船
    中において、土佐藩を脱した坂本龍馬が、土佐藩の重役である後藤象
    二郎に示した「新政府綱領八策」(いわゆる「船中八策」)のあとが
    き「以上八策は方今天下の形勢を察し、之を宇内万国に徴(ちょう)す
    るに、之を捨てて他に済時(せいじ)の急務あるべし。苟(いやしく)も
    此(この)数策を断行せば、皇運を挽回し国勢を拡張し万国と並立する
    も亦(また)敢て難(かた)しとせず」や、同年一〇月一三日、徳川幕府
    第一五代将軍の慶喜が京都の二条城で諸大名に案文を示し、あくる日
    に朝廷へ呈した「大政奉還の上表」の一節「従来之(の)旧習を改め政
    権を奉帰(きしたてまつり)広く天下の公議を尽し□聖断を仰ぎ同心協
    力共(とも)に皇国を保護仕(つかまつり)候(そうら)得(え)ば、必ず海
    外万国と可並立(ならびたつべく)候(そうろう)」などを例に挙げて考
    えていく。
    幕府・新政府を始めとして、幕末維新期の指導者や知識人の「世界」
    像と日本像を多く取り上げてくらべることで、そこにはいかなる相違
    があり、またどこまで通じ合っていたのか、「江戸」から「明治」へ
    受け継がれた面と改められた面が浮き彫りになり、幕末維新期におけ
    る日本人の「世界」像と日本像の諸相が明らかになるであろう。

報告者:堀内健司(成蹊大学大学院)

会場費:なし

13:10より編集委員会・理事会があります。(参加者は事前に昼食を済ませておいてください。開始時間が変更になりましたので、ご注意ください。)

  

109

日時:2015425日(土) 14:00〜17:00

場所:渋谷区笹塚区民会館4階会議室3号

【会場案内】

渋谷区笹塚区民会館
〒151-0073 東京都渋谷区笹塚 3-1-9
区民会館は催し物に関する質問にはお答えできませんので、会場への電話問い合わせはご遠慮ください。
案内図:https://www.city.shibuya.tokyo.jp/est/kmkaikan/km_sasazuka.html

タイトル:事的自然観の地平
      

報告概要:われわれは、まず、「廣松哲学」の全体構図を概観することから
    始めたい。この作業は、さしあたって伝統的な哲学における領域区
    分に従って、廣松哲学における存在論・認識論・実践論の独自性の
    確認という手順で進めていくことにする。それも思想内容ではなく、
    その思想史的意味と意義の検討・吟味に主眼がおかれる。
     因みに、廣松渉の哲学・思想を貫徹する根本意想は、「近代の超
    克」ということになろう。廣松の企図する「近代の超克」とは、近
    代ブルジョア・イデオロギーとして機能している近代的世界観の構
    えを歴史的な背景を視野に収めつつその哲学的地平を明るみに出す
    という基礎作業を介して、その根源的な止揚あるいは乗り超えを図
    るものである。戦前の多くの近代超克論が陥った単純な反近代主義・
    反合理主義あるいは神秘主義的ロマン主義・反知性主義への回帰─
    フランクフルト学派流にいえば神話と野蛮への回帰─への廣松の批
    判には厳しいものがある。そうした旧来の超克論を批判的に継承す
    る廣松のそれは、きわめて精緻かつ厳格な論理的基礎づけに裏打ち
    され、独自の理論構制に基づいて根拠づけ・権利づけが図られてい
    るのが特徴である。
     このような意味と意義を有する廣松の近代的世界観の超克の企図
    をさらに立ち入って表示すれば、「物(もの)的世界観から事(こと)
    的世界観へ」ということになろう。主著『存在と意味』の副題が
    「事的世界観の定礎」となっているのはこのことを端的に物語って
    いる。ここで強調しておきたいのは、廣松のこの理論作業とその成
    果は次節でのべる彼の「マルクス主義研究」と連動する形で遂行さ
    れたものであり、この相伴作業において廣松哲学理論は彫塑されて
    いったということである。

     さて、今やわれわれは廣松の「存在論」の独自性とその論理構制
    の画期性をみていく段である。近代的世界観における存在観のトー
    タルな止揚・超克を企図する廣松の構想は「実体主義的存在観から
    関係主義的存在観へのヒュポダイム・チェンジ」という提題におい
    て表わされる。廣松自身は、これを存在規定における「実体の第一
    次性に代わる関係の第一次性への転換」とも呼んでいる。われわれ
    は、その具体的内実を明らかにすべく、ここでは「自然観」を例と
    してみていくことにしたい。
     近代的自然観の形成・確立は、バターフィールドのいう17世紀科
    学革命において定礎される。それは、前近代的な自然観とは異質・
    異次元の自然了解の構図、廣松流にいえば理論構成上の前提たる
    「基幹的発想の枠組としてのヒュポダイム」の転換を意味していた。
    前近代的自然観においては、人間・自然・宇宙は融合的全一態として
    超越的な霊的生命力・神秘的呪力によって満たされ、生み出され、支
    配されていると了解されていた。いわゆるアニミズム的・呪術的・神
    話的自然観である。廣松のいう「生物態的自然観」である。これに対
    して近代的な自然観においては、自然界から一切の霊魂・呪力が追放
    され(Entzauberung)、自然は単なる物質から構成されている機械で
    あり(唯物論的機械論)、それは力学的な図果の法則に基づいて運動
    し(因果論的自然観)、この運動は数式によって表現されるアプリオリ
    な構造・秩序を有しているとみなされた(数学的自然観)。このよう
    な機械じかけの自然は、部品としての諸要素から組み立てられており
    (要素主義的自然観)、こうした物的諸要素はこれ以上は分割不可能
    かつ不変の物的な自存的単位成素としてのアトム的実体から構成され
    ていると前提された(原子実体主義的自然観)。こうしたヒュポダイ
    ム(メタ・パラダイム)に依拠した自然像の原理を廣松は「実体の第
    一次性」と呼ぶのである。
     「実体の第一次性」あるいは「物(もの)的自然観」においては、上
    述しておいたように、自然は独立・自存・不変・不可分の物質的実体
    ─現代物理学でいう素粒子ないしはクォーク─の合成物であり、この
    ような物的実体がまず先在して、そうした諸実体項が第二次的に相互
    関係をとり結び複雑な自然物・自然界を構成すると考える。これに対
    して廣松の新しいヒュポダイム「関係の第一次性」の主張にあっては、
    自然界における全ての構成諸契機・諸物質項は、本質的・本源的に相
    互連関作用において生成・存立・変化しているのであって、相互関係
    から独立・自存の実体項なるものの措定はある特定の枠組による理論
    的処理(科学的分析)の産物であって、これを自然そのもののあり方
    の第一次的原基とみなすのは「取り違えquid pro quo」、廣松流に
    いえば「錯認・錯視」だということになる。自然を構成する諸契機は、
    自然の「場」の状態のなかで相互連関状態で生成し変化し、そして新
    たな関係諸項の生成とその相互連関の関係「場」の状態へと変動・転
    態していく運動の統一的・全一的なあり方の諸契機として存在してい
    るのであり、この運動過程こそが第一次的な自然のあり方なのだとい
    うのである。「実体としての自然」ではなく「関係としての自然」、
    今日流にいえば「環境としての自然」あるいは「生態系としての自然」
    という了解のしかたである。「項」なるものは「実体項」としてでは
    なく、「場における関係項」ないし「環境的自然・内・諸項」という
    構えにおいて規定され措定さるべしというヒュポダイムに立脚した主
    張である。
    

報告者:日山紀彦(社会理論学会顧問)

会場費:なし

13:10より編集委員会・理事会があります。(参加者は事前に昼食を済ませておいてください。開始時間が変更になりましたので、ご注意ください。)

  

 

2014年度

 

108

日時:2014920日(土) 14:00〜17:00

場所:渋谷区笹塚区民会館4階会議室3号

【会場案内】

渋谷区笹塚区民会館
〒151-0073 東京都渋谷区笹塚 3-1-9
区民会館は催し物に関する質問にはお答えできませんので、会場への電話問い合わせはご遠慮ください。
案内図:https://www.city.shibuya.tokyo.jp/est/kmkaikan/km_sasazuka.html

タイトル:モイシェ・ポストンの社会理論:〈労働〉と〈時間〉による支配に抗して
      

      報告概要:本報告では、米国シカゴ大学における社会理論の泰斗、
          モイシェ・ポストン(Moishe Postone, 1942-)の学説を
          を取り上げる。
           モイシェ・ポストンは現在、シカゴ大学トーマス・E・ド
          ネリー講座教授(近現代史)を務め、大学院ドイツ研究コー
          ス、およびカレッジの社会科学部門で教鞭を執る。またシカ
          ゴ大学現代理論研究所の副顧問、ユダヤ問題委員などを務め
          る。一九九三年に出版した‘Time, Labor and Social Domi-
          nation’(邦訳『時間・労働・支配』筑摩書房、二〇一二年)
          は、資本の時間性とその社会的効果を主題としてマルクス解
          釈に新たな潮流をもたらし、ジョン・ホロウェイ(『革命:
          資本主義に亀裂を入れる』)などの思想にも影響を与えてい
          る。一九九四年頃からシカゴ大学にてポストンが主催してい
          るSocial Theory Workshop は、二〇年間にわたり政治学、
          歴史学、社会学、文化人類学など多様な諸分野に人材を輩出
          している。たとえばハーバード大学大学院教授のニール・ブ
          レナー(Neil Brenner, 都市理論)はこのワークショップの
          第一世代、ウィスコンシン大学教授のヴィレン・ムーティ
          (Viren Murthy, 近現代東アジアの政治思想)はより最近の
          卒業生である。
           英Historical Materialism誌は、二〇〇四年にポストン
          特集号を組んでおり、これには一〇篇に及ぶ『時間・労働
          ・社会支配』についての論文が掲載されている。
           またポストンの思想は、ドイツにおける政治運動グルー
          プAnti-Germans [Antideutsche] (反米・反帝国主義左
          翼運動)やKrisisグループ(労働批判)にも間接的に影響
          を与えているとされる。
           ポストンの思想は、マルクスをベースに近代社会批判を
          展開したフランクフルト学派第一世代(特にマルクーゼ)
          の問題意識に影響を受けた部分が見られる。
           それは『時間・労働・支配』の副題が「マルクスによる
          批判理論の再解釈(A reinterpretation of Marx’s
          critical theory)」となっていることや、本書で数章を割
          いて、ホルクハイマーやハーバーマスらのマルクス解釈へ
          の批判を展開し、フランクフルト学派を批判的に乗り越え
          るという意味で、批判理論の後継者であることを彼自身が
          自負している様子からも伺える。思想形成的にはドイツに
          おける指導教授のイーリング・フェッチャーのヘーゲルお
          よびマルクス解釈(自由時間論)、アイザック・ルービン
          (商品フェティシズム)、ロマン・ロスドルスキー(資本
          論形成史)、アルフレッド・ゾーン=レーテル(精神労働
          と肉体労働)らの影響を受けていると見られる。しかし
          『経済学批判要綱』から《時間論》を、また『資本論』か
          ら《資本の有機的構成の効果についての理論》を、独自の
          論理的一貫性をもって抽出し、社会理論化することに成功
          していることから、学術的にどの流派に属するというより
          も、すぐれた理論形成力でオリジナルな解釈を打ち立てた
          理論家という評価が妥当であるように思われる。
           『時間・労働・支配』においてポストンは「マルクスは
          プロレタリアートの廃絶を唱えた」「資本主義の矛盾は、
          流通領域と生産領域の矛盾なのではなく、生産領域内の矛
          盾である」「マルクスは資本主義的生産様式の基盤である
          《労働》を批判した」「廃絶すべきは、(交換)価値=抽
          象的人間労働=抽象的時間による支配である」といったテ
          ーゼを唱え、既存のマルクス解釈のほとんどすべてを「伝
          統的マルクス主義」のカテゴライズのもとに、一括して批
          判する視点を打ち出している。その骨子は、『経済学批判
          要綱』からマルクスの《時間論》を抽出し、それをもって
          『資本論』におけるマルクスの《カテゴリーによる批判》
          のもつ論理的な含意を明示的に取り出すことである。
           それによってポストンは、自由放任主義、国家資本主義、
          新自由主義と三世紀をまたいで表層上の様態変化を遂げな
          がら加速する資本主義のコアにある、変わらない社会支配
          と動態性のロジックを取り出し、その終焉を予見する。
           本報告では、ポストン理論の核心を要約して紹介すると
          ともに、ホロウェイやネグリらの思想との比較を通して、
          現代社会理論としての有効性の射程について論じる。

報告者:野尻英一(自治医科大学)

会場費:なし

13:10より編集委員会・理事会があります。(参加者は事前に昼食を済ませておいてください。開始時間が変更になりましたので、ご注意ください。)

  

107

日時:2014426日(土) 14:00〜17:00

場所:大東文化会館403号室

【会場案内】

大東文化会館
〒175-0083 東京都板橋区徳丸2丁目4番21号 電話:03−5399−7038
案内図:http://www.daito.ac.jp/campuslife/campus/facility/pdf/culturalhall_access.pdf

タイトル:1886年のビアトリス・ポッター(・ウェッブ)の経済学の方法の展開
      

      報告概要:ビアトリス・ポッターは1886年に手書き草稿として書き
           未刊となった“The History of English Economics”:
          「イギリス経済学の歴史」において、「交換価値を有して
          いてそれゆえに貨幣のタームで測定しうる人間性の部分
          についての『研究の装置(organ)』」という「真の経済
          科学」を提起した。それは、マーシャルの“The Present
           Position of Economics”:「経済学の現状」を参照した
          経済理論の新しい試みである。
           ビアトリスは、つながる人間関係を社会的本質とし、そ
          のつながる人間関係における欲望と能力が経済的な欲望と
          能力として現れ、それらのつながりが交換価値関係であり、
          それらの現象を心理的・物質的・心理的/物質的の三層で
          把握して表現するのが新たな経済学と考えた。
           ビアトリスのこうした社会学的経済学は、マーシャルの
          「経済学の現状」における経済学と社会学の領域区分の前
          提は同じくし、また、彼の演繹法的オルガノンの方法とを
          照したものだが、彼女の対象領域はそれと異なる。マーシ
          ャルはコント的な社会の人間的本質の経済活動表現から、
          経済と外部の関係に留意することで、市場経済と他の活動
          領域を同一の現象次元でとらえて関係づける社会科学的見
          方に移行した。ビアトリスの社会の把握もコントに基づく
          ものであるが、「イギリス経済学の歴史」では、まだ、マー
          シャルの対象設定に倣ってはいない。また、彼女の推論方
          法は演繹的ではあっても、オルガノンによる事実の意味付
          けではなく、人間の本質が個人において社会的現象や経済
          現象として表現されるものであり、それは社会一般―特殊
          経済という領域における人間の原理の現象的表現関係であっ
          て、近代社会ではそうした経済関係が社会全体を規定する
          という個人主義的社会学的方法である。
           1886年のビアトリスとスペンサーとの間の知られざる
          「論争」では、ビアトリスはスペンサーからの手紙におけ
          る「イギリス経済学の歴史」批判に反論して、社会学的経
          済学から社会科学的政策論と社会進化論へ移行した。それ
          は、社会的本質・原理の経済表現である一般―特殊の関係
          から、市場と政府の各領域の現象間の政策論的関係、学問
          的には社会科学の諸領域科学間の関係に移行したことを意
          味するのである。
           ビアトリスの1886年のこうした経済学の方法の変遷は、
          社会学的な経済の観点から,社会科学的な経済学の方法へ
          の移行と見ることができる。これは,本質・原理―現象の
          原理論から社会科学的な各領域間の現象の関係を論ずる政
          策論に移行したことでもある。また、この変化は、のちの
          彼女の社会科学的で進化的な社会経済学にもとづく集合主
          義的な福祉経済学への出発点なのである。

報告者:佐藤公俊(長岡高専)

会場費:300円

13:00より編集委員会・理事会があります。(参加者は事前に昼食を済ませておいてください。開始時間が変更になりましたので、ご注意ください。)

  

 

2013年度

 

106

日時:2014329日(土) 14:00〜17:00

場所:大東文化会館403号室

【会場案内】

大東文化会館
〒175-0083 東京都板橋区徳丸2丁目4番21号 電話:03−5399−7038
案内図:http://www.daito.ac.jp/campuslife/campus/facility/pdf/culturalhall_access.pdf

タイトル:日本文化の土壌とキリスト教
      

           長崎ウェスレヤン短大、および共愛学園前橋国際大
          学で長年教鞭をとっている中で、一つ、心に引っ掛か
          ることがあった。それは、二つの学校の生徒に共通す
          る「キリスト教に対するプラスとマイナスのイメージ」
          である。学生たちの多くは、キリスト教に対して、
          「憧れ」と同時に「恐怖感」を持っている。キリスト
          教に対する憧れは、ほぼ西洋文化に対する憧れと一致
          するものだが、それと同時に、アンケートの回答の中
          からは、「宗教は怖い」という感想が現れてくる。キ
          リシタン禁教の時代から引き継がれたと思われる「邪
          教としてのキリスト教」、あるいは、オウム真理教に
          代表される幾つかの新興宗教が引き起こしてきた凶悪
          事件から連想される宗教に対する漠然とした不信感。
          後者は丁寧な説明によってある程度軽減することは可
          能だが、前者については、長い歴史の中で構築されて
          きた感情だけに、説明しても軽減することが難しい。
           2014年1月9日、松本清張の『黒い福音』がテレビ
          で放映された。麻薬や統制品であった砂糖の密輸で経
          費をねん出しようとしてきたカトリックのグリエルモ
          教会が引き起こしたスチュワーデス殺人事件が題材で
          あるが、その背景には、遠藤周作のいう「沼地」のよ
          うな日本文化と「ゴシック建築」に代表される西洋文
          化との不協和音が漂う。
           従来、明治維新以前の日本人にとって、キリスト教
          は恐るべき邪教であった。ザビエル来日以来、キリシ
          タン伝道と外国からの侵略は紙一重であり、日本の指
          導者たちはその恐怖心に脅えてきた。隣国中国におけ
          るアヘン戦争でも、英国の中国侵略と征服、そして、
          その後の民衆の支配の為に、キリスト教が少なからず
          貢献してきた歴史を日本人は見てきた(古屋安雄/大
          木英夫著『日本の神学』ヨルダン社、1989年、pp.91
          ~2)。また、我が国の歴史の中で、キリスト教の米国
          から、広島と長崎に原子爆弾を落とされた記憶は新しい。
          戦後、その敵国であった米国の強力な援助のお陰で今
          日の日本の繁栄が築かれたことも、その根底にはキリ
          スト教の愛の精神があったことも十分理解した上で、
          なお、拭い去れない不信感や恐怖心が残っている。近
          年においても、欧米諸国がキリスト教を国家政策に利
          用しているのではないかと思われる多数の事例が浮か
          び上がる。第一次、第二次世界大戦中の英国、あるい
          はドイツなどにおける護国教会としてのキリスト教信
          仰と同様に、米国キリスト教に対する不信感も少なく
          ない。ベトナム戦争に多数の従軍牧師を参加させ、侵
          略する米兵を祝福して正当化したり、イラク侵略にお
          いても、ブッシュ大統領はアメリカの政策を神の意志
          として正当化し、軍事攻撃してきた事実を我々は間近
          に見てきた。
           現在の日本のキリスト教は、プロテスタントのみな
          らずカトリックでも停滞期にある。このことについて
          は、『キリスト教史学第67集』(2013年、「キリス
          ト教史学会」)で「日本ではなぜキリスト教信徒数は
          増えないのか」(宮崎賢太郎)がカトリックの視点か
          ら論じている。カトリックの信徒数は年間2000人の
          微増であるが、「停滞」だと指摘されている。プロテ
          スタントではもっと明らかな衰退が確認できる。2014
          年版『日本基督教団年鑑』によれば、ここ10年間で、
          信徒数は2万人近く減り、礼拝出席者数もほぼ4000
          人、教会学校の出席者に至っては、6000人以上のマイ
          ナスが確認できる。「教団ジャーナル 風」(2013年
          3/18日号 Vol.41)でも教団教会の衰退を特集し、
          2013年9月10日の日本基督教学会では、古屋安雄が、
          「なぜ日本にキリスト教は広まらないのか」と題して、
          キリスト教伝道の停滞ぶりを公演している。そこで、
          数々の問題の背景となる「日本文化の土壌」と現在急
          激に変貌しつつある「日本文化とキリスト教の課題」に
          ついて考察したい。

報告者:野村誠(共愛学園前橋国際大学)

会場費:300円

13:00より編集委員会・理事会があります。(参加者は事前に昼食を済ませておいてください。開始時間が変更になりましたので、ご注意ください。)

  

105

日時:2014125日(土) 14:00〜17:00

場所:大東文化会館403号室

【会場案内】

大東文化会館
〒175-0083 東京都板橋区徳丸2丁目4番21号 電話:03−5399−7038
案内図:http://www.daito.ac.jp/campuslife/campus/facility/pdf/culturalhall_access.pdf

タイトル:アニメツーリズムと地域振興
      

           アニメやドラマのファンがアニメの舞台やドラマの
          ロケ地を訪れるという、いわゆる聖地巡礼現象は、各
          地で大きな経済効果を生んでおり、地域振興の切り札
          として聖地巡礼現象に着目する政治家や自治体関係者
          も現れている。しかし、昨今の聖地巡礼現象について、
          政治家・自治体関係者の視点とファンの視点には大き
          な乖離が存在するように思われる。すなわち、「(為
          政者側が)健全と思うマンガ・アニメ作品を前面に押
          し出せば、ファンは集まってくる」と為政者側は考え
          ているのに対し、ファンは不健全な要素をも含めて作
          品を愛しており、さらにマンガ・アニメでファンを釣
          ろうとする為政者の意図を敏感に感じ取って反発して
          いるのである。この両者の視点の乖離は表現規制問題
          にも重なるものであり、為政者側とファンの認識が完
          全に乖離していることが、現代日本のコンテンツをめ
          ぐる政策の迷走につながっているのではないだろうか。
           本報告では、先行研究などを通じて聖地巡礼現象が
          どのような現象であることかを解説した上で、表現規
          制問題やクールジャパン政策などコンテンツをめぐる
          現代日本の様々な政策と聖地巡礼を利用した地域振興
          策を共に考察することで、コンテンツを利用した地域
          振興には何が必要かを明らかにしたいと思っている。

報告者:岡田一郎(東京成徳大学)

会場費:300円

12:30より編集委員会・理事会があります。(参加者は事前に昼食を済ませておいてください)

  

104

日時:20131116日(土) 14:00〜17:00

場所:大東文化会館403号室

【会場案内】

大東文化会館
〒175-0083 東京都板橋区徳丸2丁目4番21号 電話:03−5399−7038
案内図:http://www.daito.ac.jp/campuslife/campus/facility/pdf/culturalhall_access.pdf

タイトル:現代社会理論の諸論点と戦後日本社会
      

          「企業社会」や「総中流社会」などと特徴づけられて
          きた日本社会は、90年代以降、新自由主義改革やそ
          れに伴う「格差社会」の到来などから、構造変動が起
          きているといわれる。そこで、社会学をはじめとした
          社会諸科学において、社会変動をいかに捉え、対応策
          を提出するかという課題が浮上してきた。こうした現
          状に対し、ルーマンの社会システム理論の応用可能性
          を検証するのが本発表の目的である。「後期近代論」
          や「批判的社会理論」など、社会変動を捉えるために
          様々な社会理論を援用する研究が増えてきたが、ルー
          マン理論を用いた研究はほとんどない。その理由の一
          つとして、ルーマン理論はあまりにも抽象度が高く応
          用しづらいという点が考えられる。
          実際、ルーマン理論を書き換えようとする研究も存在
          する。
          そこで本発表では、まず、他の現代社会理論との比較
          を通して、ルーマン理論の特異性を確認するとともに、
          これまでのルーマン理論の研究がこの特徴を失ってし
          まっていることを指摘する。次に、日本社会がこれま
          でどのような社会観・秩序観を前提に語られてきたの
          か、そしてそれが現在、どのように変動しているとさ
          れているのかといった、社会理論が求められる文脈を
          明らかにしたうえで、ルーマン理論の応用の意義を具
          体的な事例をもとに示したい。

報告者:福永晋一朗(早稲田大学大学院)

会場費:300円

12:30より編集委員会・理事会があります。(参加者は事前に昼食を済ませておいてください)

  

103

日時:2013420日(土) 14:00〜17:00

場所:大東文化会館404号室

【会場案内】

大東文化会館
〒175-0083 東京都板橋区徳丸2丁目4番21号 電話:03−5399−7038
案内図:http://www.daito.ac.jp/campuslife/campus/facility/pdf/culturalhall_access.pdf

タイトル:戦後靖国神社のイメージと機能の変遷について
      

      報告概要:昨今の北東アジアにおいて、領土問題の再浮上など
          に見られるように、ナショナリズムの興隆と対立が目
          立っている。周知の通り靖国神社の存在は戦後長い懸
          案であり、近年のこうした緊張関係が今後どう波及す
          るのかが注目される。靖国神社問題の解決の糸口が見
          出しにくいのには、国内・国際政治問題であると同時
          に、記憶やイメージという表象の問題にかかわってい
          るからである。それを踏まえたうえで、戦後、靖国神
          社のイメージがどのように変遷したのかについて論じ
          る。国内的な靖国神社の位置づけを整理したうえで、
          政治家たちの参拝スタイルの変化、そして、それを近
          隣諸国がどのようなメッセージとして捉えたのかにつ
          いて考察する。靖国神社と終戦日との結びつきについ
          ても追及したい。

報告者:中村香代子(早稲田大学平和学研究所)

会場費:300円

12:30より編集委員会・理事会があります。(参加者は事前に昼食を済ませておいてください)

  

 

2012年度

 

102

日時:2013312日(火) 14:00〜17:00

場所:大東文化会館403号室

【会場案内】

大東文化会館
〒175-0083 東京都板橋区徳丸2丁目4番21号 電話:03−5399−7038
案内図:http://www.daito.ac.jp/campuslife/campus/facility/pdf/culturalhall_access.pdf

タイトル:ローザ・ルクセンブルグとルカーチ
      

      報告概要:ルカーチの『歴史と階級意識』には「ローザ・ルクセンブ
           ルク三部作」なるものがある。「マルクス主義者としての
           ローザ・ルクセンブルク」、「ローザ・ルクセンブルクの
           『ロシア革命批判』についての批判的考察」、「組織問題
           の方法論」がそれである。だが、ルカーチのローザ論は首
           尾一貫したものではなく、後の二つの著作では、レーニン
           主義の立場から逆にーザ・ルクセンブルクを批判している
           ところに特徴がある。
            その背景には1921年のドイツ革命、すなわち中部ド
           イツの「3月行動」の敗北といった経験がある。しかしな
           がらルカーチのローザ論は、単なる政治的歴史的経験のみ
           ならず《自然発生性と意識性》といった従来の伝統的なマ
           ルクス主義の理論をウェーバーの社会科学方法論をなす
           「理念型」を用いて「階級意識の客観的理論は、階級意識
           の客観的可能性の理論」として定式化したところに特徴が
           ある。すなわち、それはローザの『資本蓄積論』の転回=
           移動であり、『ロシア革命論』からの転回=移動である。
            これは現代思想の文脈では「構成的権力論」の問題射程
           として捉え返すことができる。「構成的権力」とは「憲法
           制定権力」概念を包摂するばかりでなく、芸術の領域にお
           ける「産出する自然」概念、あるいは「ディオニュソス的
           労働」や「非物質的労働」、さらには「力への意志」を包
           摂する概念である。「構成的権力」の概念は、生政治・生
           権力の概念とも反響し合っている。プロレタリアートの階
           級意識の形成過程とは、まさに「構成的権力」の作動過程
           に他ならない。
            本報告では、以上の問題関心を受けて『歴史と階級意
           識』における「ローザ・ルクセンブルク三部作」を考察
           し、《自然発生性と意識性》をめぐる問題を検討したい。

報告者: 西角純志(専修大学)

会場費:300円

12:30より編集委員会・理事会があります。(参加者は事前に昼食を済ませておいてください)

  

101

日時:2013226日(火) 14:00〜17:00

場所:大東文化会館401号室

【会場案内】

大東文化会館
〒175-0083 東京都板橋区徳丸2丁目4番21号 電話:03−5399−7038
案内図:http://www.daito.ac.jp/campuslife/campus/facility/pdf/culturalhall_access.pdf

タイトル:靖国神社問題の基礎的理解のために
      

      報告概要:21世紀に入り、小泉首相の参拝問題で「英霊」(戦没者)
           の「御霊」を祀るという「靖国神社」の存在が注目され
           た。
            このところ、この神社をめぐる議論も過去の問題にな
           りつつあるかのように思われたが、昨年末、安倍晋三氏
           が内閣総理大臣に就任し、にわかにこの問題が再び注目
           され始めた。
            これまでの靖国神社をめぐる議論も、基本的な問題を
           無視したもの、あるいは無理解なままに意見表明されて
           いるケースがおおいと思われる。
            あらためて、同神社の成立から歩み、そして今日の存
           在を考えてみたい。

報告者: 廣橋隆(宗教通信社)

会場費:300円

12:30より編集委員会・理事会があります。(参加者は事前に昼食を済ませておいてください)

  

100

日時:2013126日(土) 14:00〜17:00

場所:大東文化会館403号室

【会場案内】

大東文化会館
〒175-0083 東京都板橋区徳丸2丁目4番21号 電話:03−5399−7038
案内図:http://www.daito.ac.jp/campuslife/campus/facility/pdf/culturalhall_access.pdf

タイトル:コミュニケーションメディアと主体化の様相との関係について
      

      報告概要:本報告は、コミュニケーションメディアと主体化との関係について考察する。
           近代哲学の不動の中心であった主体とは、カントのコペルニクス的
           転回によって見いだされた超越論的主体性であった。カントの超越
           論は、多くの哲学者達によって批判的に引き継がれていった。だが
           前世紀のハイデガーの言語思想やソシュールの記号論などによって、
           超越論的な主体性は、形而上学的な普遍の実体ではなく、認識やコ
           ミュニケーションを媒介する言語というメディアによって強い影響
           を受けるものであることが指摘されるようになった。いわば主体と
           は、不動の形而上学的な実体ではなく、形而下的なメディアと不可
           分に結びついた不純な主体化という過程にあると考えられるように
           なったのである。
            本報告では、メディア論を基礎にして、言語を構成する幾つかの
           重要なコミュニケーションメディア(貨幣・文字・活字・電子メデ
           ィアなど)によって規定される主体化の諸相について論じたい。

報告者:清家竜介(早稲田大学)

会場費:300円

12:30より編集委員会・理事会があります。(参加者は事前に昼食を済ませておいてください)

  

99

日時:2012714日(土) 14:00〜17:00

場所:大東文化会館402号室

【会場案内】

大東文化会館
〒175-0083 東京都板橋区徳丸2丁目4番21号 電話:03−5399−7038
案内図:http://www.daito.ac.jp/campuslife/campus/facility/pdf/culturalhall_access.pdf

タイトル:G.A.コーエンの政治哲学
      ―平等・自由・効率性のトリレンマについての考察―

報告概要:本報告では、G.A.コーエン(Gerald Allan Cohen)の政治哲学の中でも平等(Equality)・
      自由(Liberty)・効率性(Efficiency)のトリレンマについての考察を
      行う。この3つの価値は両立不可能であるという
      一般的な理解に対するコーエンの解決策とは何だったのか。現代政治
      哲学の主流であるロールズの見解との差異も含めて検討を行う。

報告者:高梨洋平(明治大学大学院)

会場費:300円

12:30より編集委員会・理事会があります。(参加者は事前に昼食を済ませておいてください)

  

 

2011年度

 

98

日時:2012317日(土) 14:00〜17:00

場所:大東文化会館403号室

【会場案内】

大東文化会館
〒175-0083 東京都板橋区徳丸2丁目4番21号 電話:03−5399−7038
案内図:http://www.daito.ac.jp/campuslife/campus/facility/pdf/culturalhall_access.pdf

タイトル:キムリッカ多文化主義と自決権(仮)

報告者:稲田恭明(社会理論学会会員)

会場費:300円

12:30より編集委員会・理事会があります。(参加者は事前に昼食を済ませておいてください)

  

97

日時:2012128日(土) 14:00〜17:00

場所:大東文化会館403号室

【会場案内】

大東文化会館
〒175-0083 東京都板橋区徳丸2丁目4番21号 電話:03−5399−7038
案内図:http://www.daito.ac.jp/campuslife/campus/facility/pdf/culturalhall_access.pdf

タイトル:2010年における東京都青少年健全育成条例の改定と反対運動

報告者:岡田一郎(東京成徳大学)

会場費:300円

12:00より編集委員会・理事会があります。

  

96

日時:2011924日(土) 14:00〜17:00

場所:大東文化会館403号室

【会場案内】

大東文化会館
〒175-0083 東京都板橋区徳丸2丁目4番21号 電話:03−5399−7038
案内図:http://www.daito.ac.jp/campuslife/campus/facility/pdf/culturalhall_access.pdf

タイトル:社会主義協会とマルクス・レーニン主義

報告者:瀬戸宏(摂南大学)

会場費:300円

12:00より編集委員会・理事会があります。

  

95

日時:2011716日(土) 14:00〜17:00

場所:大東文化会館402号室

【会場案内】

大東文化会館
〒175-0083 東京都板橋区徳丸2丁目4番21号 電話:03−5399−7038
案内図:http://www.daito.ac.jp/campuslife/campus/facility/pdf/culturalhall_access.pdf

タイトル:1970年代イタリアの後期マルクス主義の成立―ネグリのレーニン論を中心に

報告者:中村勝己(明治大学)

会場費:300円

12:00より編集委員会・理事会があります。

  

 

2010年度

 


2011年3月19日(土)に予定されていた理事会および第94回月例研究会は、計画停電に伴う 鉄道の混乱が予想以上に大きく、また今後しばらく好転する見通しもなく、参加者が会場に 来られるのが非常に困難となったことから、4月16日(土)に延期といたします。 新たな日程は以下の通りです。

94

日時:2011416日(土) 14:00〜17:00

場所:大東文化会館403号室

【会場案内】

大東文化会館
〒175-0083 東京都板橋区徳丸2丁目4番21号 電話:03−5399−7038
案内図:http://www.daito.ac.jp/campuslife/campus/facility/pdf/culturalhall_access.pdf

タイトル:日本社会党と講和問題

報告者:木下真志(社会理論学会会員)

会場費:300円

12:00より編集委員会・理事会があります。

  

93

日時:2011219日(土) 14:00〜17:00

場所:大東文化会館402号室

【会場案内】

大東文化会館
〒175-0083 東京都板橋区徳丸2丁目4番21号 電話:03−5399−7038
案内図:http://www.daito.ac.jp/campuslife/campus/facility/pdf/culturalhall_access.pdf

タイトル:コソヴォ独立問題を考える――法と政治の間の亀裂

報告者:稲田恭明(社会理論学会会員)

会場費:300円

11:00より編集委員会・理事会があります。

92

日時:20101218日(土) 14:00〜17:00

場所:大東文化会館403号室

【会場案内】

大東文化会館
〒175-0083 東京都板橋区徳丸2丁目4番21号 電話:03−5399−7038
案内図:http://www.daito.ac.jp/campuslife/campus/facility/pdf/culturalhall_access.pdf

タイトル:「『大政奉還期の外交措置』―諸藩士の上書を中心に」

報告者:堀内健司(成蹊大学大学院)

会場費:300円

11:00より編集委員会・理事会があります。

 

91

日時:2010102日(土) 14:00〜

場所:大東文化会館会議室

【会場案内】

大東文化会館
〒175-0083 東京都板橋区徳丸2丁目4番21号 電話:03−5399−7038
案内図:http://www.daito.ac.jp/campuslife/campus/facility/pdf/culturalhall_access.pdf

タイトル:諸個人の労働の特殊歴史的な社会的形態としての<抽象的人間労働>

報告者:日山紀彦(東京成徳大学)

会場費:300円

12:00より編集委員会・理事会があります。

 

[シンポジウム]アントニオ・ラブリオーラと現代  ――マルクス復活の時代に『唯物史観概説』を読む――

日時:2010911日(土) 13:00〜17:00

場所:中野区勤労福祉会館3階第1会議室

【会場案内】

中野区勤労福祉会館
中野区中野二丁目13番14号 電話:03-3380-6946  
中野駅南口を出て左折、交番の前のゆるい坂をJRの線路沿いに登って行きます。上がりきる少し手前にコンビニ(サンクス)があるので、その手前を右折します。正面に「バプテスト教会」の看板が立っているので、その左側のレンガの建物が「中野勤労福祉会館」です。
案内図:http://asp.netmap.jp/map/330100919488.html

報告者:田畑稔(マルクス研究・大阪経済大学)・中村勝己(イタリア近現代思想史・中央大学兼任講師)・西島栄(トロツキー研究所・大学非常勤講師)・小原耕一(グラムシ研究・国際グラムシ学会)

トロツキー研究所/東京グラムシ会:共催
後援:社会理論学会/同時代社

12:00より編集委員会・理事会が大東文化会館403号室であります。

 

90

日時:2010619日(土) 14:00〜

場所:大東文化会館401号室

【会場案内】

大東文化会館
〒175-0083 東京都板橋区徳丸2丁目4番21号 電話:03−5399−7038
案内図:http://www.daito.ac.jp/campuslife/campus/facility/pdf/culturalhall_access.pdf

タイトル:ビアトリス・ポッターの社会進化論

報告者:佐藤公俊(長岡高専)

会場費:300円

12:00より編集委員会・理事会があります。(6月理事会より試験的に理事会開始を12:00とします)

 

89

日時:2010424日(土) 14:00〜

場所:大東文化会館403号室

タイトル:山川均から見た構造改革論(仮)

報告者:山口希望(法政大学大学院)

会場費:300円

10:00より編集委員会・理事会があります。

 

2009年度

 

88

日時:2010320日(土) 14:00〜

場所:大東文化会館401号室

タイトル:遊戯と学習−ウィトゲンシュタインとハーバーマスの言語論を中心に−

報告者:米村健司(早稲田大学)

会場費:300円

13:00より編集委員会・理事会があります。会場の関係で開始時刻がいつもと異なります。ご注意ください。

 

87

日時:2010213日(土) 14:00〜

場所:大東文化会館401号室

タイトル:中国における日本語教育について

報告者:堀咲子(早稲田大学大学院)

会場費:300円

10:00より編集委員会・理事会があります。編集委員会では『社会理論研究』第10号の合評会をおこないます。合評会にはどなたでも参加出来ます。

 

86

日時:20091219日(土) 14:00〜

場所:大東文化会館403号室

タイトル:フランスにおける「スカーフ禁止法」の差別性

報告者:池田賢市(中央大学)

会場費:300円

10:00より編集委員会・理事会があります。

 

85

日時:20091017日(土) 14:00〜

場所:大東文化会館403号室

タイトル:石原都政下の東京都の教育政策

報告者:青木茂雄(元都立高校教員・全国教育法研究会)

会場費:300円

10:00より編集委員会・理事会があります。

 

84

日時:200995日(土) 14:00〜

場所:大東文化会館402号室

タイトル:細川以後の政権と政治学の変容(仮)

報告者:木下真志(法政大学現代法研究所)

会場費:300円

10:00より編集委員会・理事会があります。

 

83

日時:2009718日(土) 14:00〜

場所:大東文化会館402号室

タイトル:「価値の価格への転化」論としての「価値尺度論」-“単純な価格”の“生産価格”への転化と<抽象的人間労働>-

報告者:日山紀彦(東京成徳大学)

会場費:300円

10:00より編集委員会・理事会があります。

 

82

日時:2009613日(土) 14:00〜

場所:大東文化会館402号室

タイトル:フーコーの統治性論

報告者:山家歩(法政大学)

会場費:300円

10:00より編集委員会・理事会があります。

 

81

日時:2009411日(土) 14:00〜

場所:千代田区九段上集会室(九段さくら館)1階和室

【会場案内】

千代田区九段上集会室(九段さくら館)
千代田区九段南2−9−6 電話:03(3263)3841
案内図:http://www.jca.apc.org/map/kudan-ue.html

タイトル:政治的空間における民主主義の可能性―G.ルカーチの民主化論とスターリニズム批判

報告者:西角純志(専修大学)

会場費:300円

10:00より編集委員会・理事会があります。(管理人がいらっしゃらないので、9:30ごろ岡田が部屋を開けます)

学会の財政基盤確立のため、今回より会場費をお支払いいただきます。よろしくお願いいたします。

 

2008年度

 

80

日時:2009314日(土) 14:00〜

場所:中野区勤労福祉会館3階和室

【会場案内】

中野区勤労福祉会館
中野区中野二丁目13番14号 電話:03-3380-6946  
中野駅南口を出て左折、交番の前のゆるい坂をJRの線路沿いに登って行きます。上がりきる少し手前にコンビニ(サンクス)があるので、その手前を右折します。正面に「バプテスト教会」の看板が立っているので、その左側のレンガの建物が「中野勤労福祉会館」です。
案内図:http://asp.netmap.jp/map/330100919488.html

タイトル:ベトナム社会構造研究会総括報告

報告者:ベトナム社会構造研究会(佐藤公俊長岡高専教員ほか)

10:00より編集委員会・理事会が会議室2であります。(研究会と会場が異なります)

 

79

日時:200927日(土) 14:00〜

場所:渋谷区勤労福祉会館2階第2和室

【会場案内】

渋谷区勤労福祉会館
渋谷区神南1丁目19-8 電話:03-3462-2511
案内図:http://www.city.shibuya.tokyo.jp/est/kinro.html

タイトル:抽象的人間労働を考える ----- 日山紀彦『「抽象的人間労働論」の哲学』」をめぐって -----

報告者:田中史郎(宮城学院女子大学)

参考文献:
日山紀彦『「抽象的人間労働論」の哲学』(御茶の水書房)
田中史郎「日山紀彦『「抽象的人間労働論」の哲学』を読む」『東京成徳大学人文学研究紀要』No.15 (下記のWeb サイトからダウンロード出来ます)
http://www.mgu.ac.jp/~stanaka/articles/a%20h%20labor.pdf

10:00より編集委員会・理事会があります。

 

78

日時:20081011日(土) 14:00〜

場所:千代田区九段上集会室(九段さくら館)1階和室

タイトル:ベトナム現地調査報告-ハノイとホーチミンのハイテクパークを中心に-

報告者:佐藤公俊(長岡高専)

10:00より編集委員会・理事会があります。(当日は管理人がいらっしゃらないので、9:30ごろ岡田が部屋を開けます)

 

77

日時:2008719日(土) 14:00〜

場所:中野区勤労福祉会館3階和室

タイトル:戸籍の性別変更と自己決定権

報告者:松村比奈子(東京理科大学)

10:00より編集委員会・理事会が会議室1であります。(研究会と会場が異なります)

 

76

日時:2008621日(土) 14:00〜

場所:中野区勤労福祉会館和室

タイトル:日本の宇宙政策

報告者:土肥誠(東京リーガルマインド大学)

10:00より編集委員会・理事会が会議室1であります。(研究会と会場が異なります)

 

75

日時:2008412日(土) 14:00〜

場所:豊島区勤労福祉会館4階美術室

【会場案内】

豊島区立勤労福祉会館
豊島区西池袋2-37-4 電話:03-3980-3131  

案内図:http://www.toshima-mirai.jp/center/e_kinrou/

タイトル:環境哲学の新地平

報告者:日山紀彦(東京成徳大学)

10:00より編集委員会・理事会が同室であります。

2007年度

 

74

日時:200838日(土) 14:00〜

場所:神保町区民館2階洋室A

【会場案内】

神保町区民館(神田ひまわり館)
東京都千代田区神田神保町2−40 電話:03−3263−0741
交通:JR・都営三田線水道橋駅から徒歩10分、東京メトロ半蔵門線・都営地下鉄新宿線・三田線 神保町駅から徒歩5分
案内図:http://map.livedoor.com/map/scroll?MAP=E139.45.31.4N35.41.40.3&SZ=600%2C400&ZM=10(縮尺を自由に変えられます)

タイトル:現代保守主義批判

報告者:伊藤述史(東京女学館大学)

10:00より編集委員会・理事会が同室であります。

 

73

日時:200829日(土) 14:00〜

場所:中野区勤労福祉会館2階創作室

タイトル:宇宙空間における情報と安全保障

報告者:土肥誠(東京リーガルマインド大学)

10:00より編集委員会・理事会が同室であります。

 

72

日時:2008119日(土) 14:00〜

場所:中野区勤労福祉会館1階談話室

タイトル:市場の外部、社会経済の領域

報告者:佐藤公俊(長岡高専)

10:00より編集委員会・理事会が同室であります。

 

71

日時:2007915日(土) 14:00〜

場所:豊島区立勤労福祉会館第6会議室

タイトル:ポストフォーディズムにおける労働の意味の変容

報告者:吉澤明(東京グラムシ会)

10:00より編集委員会・理事会が同室であります。

 

70

日時:2007728日(土) 14:00〜

場所:中野区勤労福祉会館会議室?T

タイトル:所有論の認識論的意義-ロック・カント哲学の成立-

報告者:高橋一行(明治大学)

10:00より編集委員会・理事会が同室であります。

 

69

日時:2007623日(土) 14:00〜

場所:タガシンビル3階(有)サットコンサルタント会議室(いつもと会場が異なるので、お気をつけください)

【会場案内】

タガシンビル3階(有)サットコンサルタント
中野区中野5-67-3 電話:03-5345-9707 
中野駅北口を出て、「三井住友銀行」の角を曲がり、サンプラザを左に見ながら進みます。右に「三井のリハウス中野店」のビル(タガシンビル)の3階です。「三井のリハウス」の手前の路地を右に曲がると入り口があります。入り口の上に「タガシンビル」と出ています。
案内図:http://map.livedoor.com/map/scroll?MAP=E139.45.31.4N35.41.40.3&SZ=600%2C400&ZM=10(縮尺を自由に変えられます)

タイトル:廣松渉の国家論と物象化論の視座―廣松のフュア・エス―フュア・ウンス機制とのつらなりにおいて

報告者:渋谷要(政治思想史研究者、アソシエ21会員、『情況』の編集に関わる)

10:00より編集委員会・理事会が同室であります。

2006年度

 

68

日時:2007317日(土) 14:00〜

場所:神保町区民館(神田ひまわり館)2F洋室A

タイトル:日米安保再定義交渉の中の大田県政に対する再評価

報告者:西舘崇(東京大学大学院)

10:00より編集委員会・理事会が同室であります。

 

67

日時:2007224日(土) 14:00〜

場所:神保町区民館(神田ひまわり館)2F洋室C

タイトル:90年代イタリアにおける左翼の再定義論争について

報告者:中村勝己(東京グラムシ会)

10:00より編集委員会・理事会が同室であります。

 

66

日時:2007120日(土) 14:00〜

場所:神保町区民館(神田ひまわり館)2F洋室A

タイトル:講和期における社会主義諸勢力の安全保障論争

報告者:山本拓実(東洋大学)

10:00より編集委員会・理事会が同室であります。

 

65

日時:2006916日(土) 14:00〜

場所:神保町区民館(神田ひまわり館)3F和室B

タイトル:アメリカの学校区予算と州教育均衡補助金

報告者:塙武郎(八洲学園大学)

10:00より編集委員会・理事会が同室であります。

 

64回(憲法研究プロジェクト第3回研究会)

日時:2006729日(土) 14:00〜

場所:神保町区民館(神田ひまわり館)2F洋室B

タイトル:憲法改正について考える-その理論的・現実的諸問題

報告者:水島朝穂(早稲田大学)

プロフィール

水島朝穂

1953年東京生まれ。札幌学院大、広島大総合科学部助教授を経て、96年より現職。法 学博士。最新刊『憲法「私」論』(小学館)ほか著書多数。NHKラジオ第一放送「新 聞を読んで」レギュラー(次回9月2日午前5時35分)。ホームページ「平和憲法 のメッセージ」 http://www.asaho.com/

10:00より編集委員会・理事会が同室であります。

 

63

日時:2006610日(土) 14:00〜

場所:神保町区民館(神田ひまわり館)2F洋室A

タイトル:グローバル資本と世界システム論

報告者:田中裕之(法政大学)

10:00より編集委員会・理事会が同室であります。

 

62回(憲法研究プロジェクト第2回研究会)

日時:2006415日(土) 14:00〜

場所:神保町区民館(神田ひまわり館)3F和室B

読書会:ピープルズプラン研究所編『シリーズ「改憲」異論1 改憲という名のクーデター 改憲論の論点を斬 る』(現代企画室、2005年)を読む

報告者:伊藤述史(富士常葉大学)

10:00より編集委員会・理事会が同室であります。

2005年度

 

61回(憲法研究プロジェクト第1回研究会)

日時:2006311日(土) 15:00〜

場所:筑波大学東京キャンパスG205

【会場案内】

筑波大学東京キャンパス
東京都文京区大塚3-29-1
交通:東京メトロ丸内線茗荷谷駅下車徒歩3分
案内図:http://www.office.otsuka.tsukuba.ac.jp/info/index.html

タイトル:憲法の基本的理解のために-憲法改正論の諸問題-

報告者:廣橋隆(新宗教新聞社)

11:00より編集委員会・理事会が同室であります。

 

60

日時:2006114日(土) 16:00〜

場所:筑波大学東京キャンパス第2会議室(正面玄関を入って直進し、「指導課」のある所で左折して直進し、一番奥の右手にある教室)

タイトル:戦後日本の政治理論 再考

報告者:木下真志(県立高知短大)

11:00より編集委員会・理事会が同室であります。

 

59

日時:20051210日(土) 15:00〜

場所:筑波大学東京キャンパスG205

タイトル:日本社会党の党組織─1950〜70年代を中心に─

報告者:岡田一郎(小山高専)

11:00より編集委員会・理事会が同室であります。

 

58

日時:2005910日(土) 15:00〜18:00

場所:筑波大学大塚キャンパスG205

タイトル:「左翼アジア主義」と東亜共同体

報告者:福井紳一(立教大学)

 

57

日時:200579日(土) 15:00〜18:00

場所:筑波大学大塚キャンパスG207

タイトル:統合教育と障害者運動

報告者:志子田悦郎(千書房)

 

56

日時:2005611日(土) 15:00〜18:00

場所:筑波大学大塚キャンパスG207

タイトル:ルイ・アルチュセールにおける「国家の外に立つ党」という概念について君主・党・プロレタリア独裁をめぐる思想史的一考察

報告者:桑野弘隆(専修大学)

 

55

日時:200549日(土) 15:00〜18:00

場所:筑波大学大塚キャンパス第1会議室

タイトル:脱国家的思考の可能性理論社会学の課題

報告者:西原和久(名古屋大)

2004年度

54

日時:200535日(土)14:00〜17:00

場所:筑波大学大塚キャンパス大学院会議室

タイトル:階級論の現在

報告者:伊藤述史(富士常葉大)

 

53

日時:200525日(土)14:00〜17:00

場所:筑波大学大塚キャンパス第1会議室

タイトル:政治の現場で「改悪」を阻止できるか?-「有事法制」を中心として-

報告者:土肥誠(国会議員政策秘書)

 

52

日時:20041218日(土)15:00〜18:00

場所:筑波大学大塚キャンパス大学院会議室

タイトル:権力の戦争モデルから統治モデルへ-フーコー権力論の展開について-

報告者:山家歩(法政大学大学院)

 

51

日時:2004925日(土)15:00〜18:00

場所:筑波大学大塚キャンパス大学院会議室

タイトル:マルクス主義と精神分析

報告者:伊吹浩一(専修大学)

 

50

日時:2004710日(土)15:00〜18:00

場所:筑波大学大塚キャンパス大学院会議室

タイトル:私にとって「アイヌ」とは何か、「日本人」とは何か、アイヌとかかわった歳月から問われたこと

報告者:北川大(東京経済大学・写真家)

 

49

日時:2004417日(土)15:00〜18:00

場所:筑波大学大塚キャンパス大学院会議室

タイトル:ルカーチと表現主義論争

報告者:西角純志(立正大学)

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